億万長者2人相手にポーカーで完敗し…
「偶然の音楽」ポール・オースター著 柴田元幸訳/新潮文庫 590円+税
早いもので今年もあとわずか。この時季、年末ジャンボ宝くじに夢を託している人も多いはず。もし当たったら……と夢想するのは楽しいが、思わぬ大金が転がり込んだが故に人生を狂わせることもある。本書の主人公もそんなひとりだ。
【あらすじ】妻に去られたばかりの消防士のナッシュに、30年以上も音沙汰のなかった父親から20万ドルもの遺産が転がり込んだ。この青天の霹靂にナッシュが何をしたかといえば、赤いサーブ900を買い、全米をドライブすることだった。娘は姉に預け、消防士も辞め、何の当てもなくただひたすら走る。
そんな生活が1年続き、残りの金も乏しくなったころ、ポッツィという若者に出会う。ポッツィはポーカーの天才で、これから億万長者を相手にポーカーの勝負に出かけるところだったのだが、強盗に襲われ、有り金全部を奪われてしまったという。話を聞いたナッシュは自分が用立てるから、その勝負に行こうとポッツィを誘う。相手は史上最高額の宝くじを当てた億万長者の2人組で、絶対に勝てるとのこと。意気揚々と乗り込んだナッシュとポッツィだが、思惑が外れ完敗。逆に借金を背負ってしまう。借金返済の条件は、広大な庭に1万個の石を積み上げ壁を造ること。このなんとも不可思議な条件を受け入れる2人だが……。
【読みどころ】えっ、音楽は? そう音楽の話は表だっては出てこない。しかし、13歳の誕生日にピアノを買ってもらってからずっと、ナッシュの中には常に音楽が満ちていて、物語の中でも時折それが噴出してくる。そして最後の場面で車内に流れる音楽は、あてどなくさまようナッシュの心の叫びのように響く。物語の奥底に音楽が埋め込まれた、紛れもない音楽小説である。 <石>