江戸の人情にどっぷり漬かる文庫本特集

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「縁結び 蕎麦」有馬美季子著

 ちょっと素っ気なかったり、厳しすぎたりするが、その言動の裏の真意に触れたとき、じわじわ~っと人の情けがにじみでてくる。そんな江戸の庶民の暮らしを描いた文庫の時代小説5冊。スマホやパソコンを通さない、直接的なコミュニケーションしかなかった時代にどっぷり漬かってみては?



 正月4日、小舟町の縄のれん〈福寿〉に、女将のお園の幼馴染み、井々田吉之進が若い女を連れてやってきた。吉之進のはとこで、表右筆を務める旗本の娘・文香だが、戯作者を目指す次兄のことで相談にきたという。版元から頼まれて武将と食べ物の話を書いたが、評判がよくない。そこで、お園の知恵を借りにきたのだ。お園が気を利かせて「いとこ煮」ならぬ「はとこ煮」を出すと、文香は庶民の味だから参考にならないと切って捨てる。

 その頃、瓦版に連載されている戯作が評判になっていた。山下町の蕎麦屋に行った客が帰りに幽霊に追いかけられる、神田松永町の居酒屋で飲んだ客がスリに遭う、といった筋だが、実際にそういう事件が起きているという。そして、小舟町の料理屋の客が帰りに橋から落ちるというのもあって……。

「河豚皮の酢醤油和え」「雪豆腐」など、おいしそうなものが次々に出てくる書き下ろしグルメ時代小説。

(祥伝社 650円+税)

「なさけ」西條奈加、志川節子ほか著 細谷正充編

 上総屋に丁稚奉公に出された捨松はつらくて逃げ帰ったが父にはひっぱたかれ、母は泣いて迎えにきた番頭に謝った。

 数日後、捨松は大旦那に異様な掛け軸を見せられた。首を吊っているのに笑っている奉公人風の男が描かれている。これは上総屋の家宝「首吊り御本尊」だ。

 大旦那も丁稚だったときに逃げ出したことがあり、そのとき番頭からこんな話を聞いたという。その番頭が丁稚時代、首を吊ろうと土蔵に入ったら既に首をくくった男がいて「ここはもういっぱいだよ」と言った。翌日、また行くと、首吊り男が「ひもじかったら、おみちに頼んでみな」と言うので、女中のおみちに頼んだら握り飯をくれた。その後、丁稚は辛抱して番頭に出世したという。

 単なる説教だと思った捨松がある日、土蔵に入ると、そこには……。(宮部みゆき著「首吊り御本尊」)

 ほか、西條奈加の「善人長屋」など女性時代作家6人による、下積みの者に向けるさりげない優しさを描いた6編を収録。

(PHP研究所 700円+税)

「寄席品川清洲亭」奥山景布子著

 大工の棟梁、秀八は、念願の寄席を開くことになった。島崎楼の主が人気の噺家、御伽家桃太郎を紹介してくれて、こけら落としの真打ちを頼むことに。その帰り道、秀八は川で心中に遭遇した。助けられた男に見覚えがある。男の身柄を預かって家で介抱したが、それは二つ目の九尾亭木霊だった。

 あるとき、高座で噺を忘れ、秀八にヤジられて高座を降りてしまったのだ。秀八は木霊を立ち直らせようとするが、こけら落としの直前に将軍が死んで歌舞音曲が禁止になるなど前途多難。やっと開業にこぎつけたが、今度は桃太郎が、木霊が高座をしくじったら自分の取り分を倍にしろと言いだした。そして、木霊が高座に上がったとき、「よっ、死に損ないの色男!」と声がかかった。すると、木霊は「その死に損ないの色男が、心中の顛末を自ら申し上げます」と「品川心中」を語り始めた。 

 客との丁々発止の応酬が芸人を育てることが実感できる一冊。

(集英社 660円+税)

「夫婦からくり」中島要著

 4年前の暮れ、十手持ちの千手の辰三が姿を消した。もう生きてはいないと噂されるが、娘のお加代と子分の文治は辰三は仕えていた同心の塚越慎一郎から逃げたのではないか、と疑っている。

 ある日、お加代は塚越に首を絞められ気を失い、その間に塚越が何者かに殺されてしまう。堅物で通っていた塚越は、実は大店から2000両もの金をゆすっていたが、証拠があるにもかかわらず与力に握りつぶされる。

 文治が日本橋を訪れたとき、急死した兄の後を継いで同心になったばかりの栗山末次郎が声をかけてきた。どうやら塚越と辰三の件について探っているらしい。

 だが、与力が隠そうとした事件を新米の同心が調べるのはおかしい。不審に思った文治が医師の後添えとなった塚越の妻、理久を訪ねると、理久は塚越の死の真相を知りたいという。そんななか、栗山が殺された。その嫌疑が文治にかかり……。

 愛する者への情にひかれて罪を犯す者たちを描く捕物控。

(光文社 600円+税)

「廻船料理なには屋 帆を上げて」倉阪鬼一郎著

 八丁堀に大坂の廻船問屋浪花屋の出見世「なには屋」が開店した。傾きかけた商売を立て直すために主の吉兵衛が出店を決めたのだ。

 その吉兵衛が乗り込んだ船が難破し、助けられた後、吉兵衛は行方不明になった。息子の次平と娘のおさやは、なには屋で大坂名物の船場汁と茶飯を取り合わせた船場膳などを出すなど工夫しているが、上方の味に馴染みのない江戸っ子は見向きもしない。噂を聞いて訪れた南町奉行所の与力の垣添隼人と隠密廻り同心の松木重三郎や、大坂出身の按摩の冬扇らがひいきにしてくれたものの、目の敵にする者もいる。

 江戸料理の東都屋の主、巳之吉や魚屋の八郎は、蕎麦やうどんのつゆが薄くて丼の底が透けて見えるなどとケチをつける。揚げ句に、なには屋で焼きはまぐりを食べたら腹を下したなどという記事を瓦版に載せるという卑劣な手を使って……。

 同じ上方でも大坂と京のダシの取り方の違いなど、食に関する蘊蓄も満載。

(徳間書店 670円+税)

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