「木村政彦外伝」増田俊也著

公開日: 更新日:

 720ページ、上下2段組みで、ずしりと重い。「外伝」とはいえ、量も密度も「正伝」に匹敵する。正伝とは、2011年に刊行された作品「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」。大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞をダブル受賞し、大ベストセラーとなった力作評伝である。

 13年連続日本一、天覧試合も制した最強の柔道家、木村政彦は戦後、不遇の柔道を離れてプロレスに転じた。相撲出身の力道山とタッグを組むが、プロレスのフェイク試合では負けばかり。格闘家の誇りを懸けて力道山に真剣勝負を挑み、「昭和の巌流島」と呼ばれる試合が行われた。街頭テレビの前の観衆は沸いた。

 木村は本当に力道山に敗れたのか。誰が本当の勝者なのか。著者は長年にわたる渾身の取材で、文章による木村政彦の名誉回復を試みた。それでも飽き足らず、正伝に収録しきれなかった文章やロングインタビューを外伝としてまとめ、木村政彦生誕100周年を記念して刊行した。正外合わせて1400ページ超。その熱量と力業に圧倒される。正伝の読者なら、メーキングオブとして一層、興味深く読めるだろう。

 著者は北大柔道部出身で、寝技中心の「七帝柔道」の鍛錬を積んだ。講道館が広めてスタンダードとなったスポーツ柔道以前の、格闘技としての柔道を体で知っている。

 格闘家と作家の2つの視点を持って、死ぬか勝つかの闘いに挑む男の心の機微に分け入っていく。

 ヒクソン・グレイシー、岩釣兼生、中井祐樹といった格闘家たちとの対話には、格闘技ファンしか知らないような言葉も飛び出すが、その肉声は、読者を格闘技の底知れぬ世界に引き込んでいく。秋の夜長に、じっくり読み進めたい超大作。

(イースト・プレス 2600円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  2. 2

    片山さつき財務相“苦しい”言い訳再び…「把握」しながら「失念」などありえない

  3. 3

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  4. 4

    阪神・佐藤輝明にライバル球団は戦々恐々…甲子園でのGG初受賞にこれだけの価値

  5. 5

    高市首相「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」どこへ? 中国、北朝鮮、ロシアからナメられっぱなしで早くもドン詰まり

  1. 6

    “文春砲”で不倫バレ柳裕也の中日残留に飛び交う憶測…巨人はソフトB有原まで逃しFA戦線いきなり2敗

  2. 7

    阪神・佐藤輝明の侍J選外は“緊急辞退”だった!「今オフメジャー説」に球界ザワつく

  3. 8

    ドジャースからWBC侍J入りは「打者・大谷翔平」のみか…山本由伸は「慎重に検討」、朗希は“余裕なし”

  4. 9

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  5. 10

    古川琴音“旧ジャニ御用達”も当然の「驚異の女優IQの高さ」と共演者の魅力を最大限に引き出すプロ根性