「病んだ時代」に立ち向かう孤独

公開日: 更新日:

 いつの間に世の中は、これほど悪徳まみれになってしまったのだろう。目を覆う偽善や欺瞞に加え、身勝手と無関心までがかくも広まったのはなぜなのか。――そう語りかける映画が今週末封切りの「魂のゆくえ」である。

 監督のポール・シュレイダーは、若き日のロバート・デ・ニーロを一躍知らしめた「タクシードライバー」(1976年)の脚本家。その頃から約半世紀にわたって構想を温めてきたのが本作だという。

 ニューヨーク州北部の小さな町の教会。歴史は古いが信徒もまばらな貧乏教会で主祭を務めるトラー牧師。

 父の代からの従軍牧師という彼を囲む小さな社会が、静かな緊張をはらんで描かれる。

 何でも説明したがるハリウッド映画にしては例外的な寡黙さだが、独り善がりにならないのは、主題の深刻さを広く分かち合いたいと願う監督の志ゆえだろう。現代では宗教ですら、金と世間体にまみれている。しかし映画は告発ではなく、絶望の中に救いはあるのかという切実な問いかけに向かう。環境汚染、自爆テロ、自傷、脅迫、圧力……あらゆる困難を必死でこらえる無力なトラーは現代社会の縮像。

 イラクでおめおめ一人息子を死なせ、自身も末期がんを病む彼は、さながら司祭服をまとったトラウマなのだ。

 B・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店 3800円+税)はアメリカで名高い精神医学者による半自伝的な著作。トラウマ研究が本格化する最初期から関わった著者は、70年代に入って抗うつ剤治療が劇的な成果を見せるにつれ、医学界が薬物治療一辺倒に傾斜し始め、それまで精神科に無関心だった製薬業界が乗り出し、患者の心を置き去りにするさまを目撃した。いわばトラー牧師の宗教界と同じ状況が生まれたのだ。

「病んだ時代」に立ち向かう孤独な歩みが映画に重なる。

 <生井英考>



【連載】シネマの本棚

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    嵐ラストで「500億円ボロ儲け」でも“びた一文払われない”性被害者も…藤島ジュリー景子氏に問われる責任問題

  2. 2

    トリプル安で評価一変「サナエノリスク」に…為替への口先介入も一時しのぎ、“日本売り”は止まらない

  3. 3

    27年度前期朝ドラ「巡るスワン」ヒロインに森田望智 役作りで腋毛を生やし…体当たりの演技の評判と恋の噂

  4. 4

    今田美桜に襲い掛かった「3億円トラブル」報道で“CM女王”消滅…女優業へのダメージも避けられず

  5. 5

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  1. 6

    元TOKIO松岡昌宏に「STARTO退所→独立」報道も…1人残されたリーダー城島茂の人望が話題になるワケ

  2. 7

    今田美桜が"あんぱん疲れ"で目黒蓮の二の舞いになる懸念…超過酷な朝ドラヒロインのスケジュール

  3. 8

    織田裕二「踊る大捜査線」復活までのドタバタ劇…ようやく製作発表も、公開が2年後になったワケ

  4. 9

    「嵐」が2019年以来の大トリか…放送開始100年「NHK紅白歌合戦」めぐる“ライバルグループ”の名前

  5. 10

    実は失言じゃなかった? 「おじいさんにトドメ」発言のtimelesz篠塚大輝に集まった意外な賛辞