ミステリーから時代ものまで文庫で読む短編小説

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「ベスト本格ミステリTOP5」本格ミステリ作家クラブ編

 暑さも一段落し、しのぎやすくなった夜に肩の凝らない短編小説のアンソロジーはいかが。アンソロジーは作家たちの持ち味が光り、さまざまな登場人物が繰り広げる物語の読み比べができることが魅力。今回は、平成時代を象徴するもの、街、歴史もの、不幸、ミステリーの5テーマで厳選した短編アンソロジーをご紹介しよう。

 2017年に発表された本格ミステリーの短編から選考委員が自信を持ってすすめる5作品を収録した、ミステリー好きにはたまらない一冊。

 岡崎琢磨著「夜半のちぎり」は、新婚旅行に訪れたシンガポールで、新婦・茜の水死体が発見されるところから幕が開く。夫である俺は、その夜、職場恋愛の元恋人・紗季と密会していた。紗季の夫・怜二を含め4人は同じ会社の同僚。因縁のある2組に一体何があったのか。意外性に満ちた展開と戦慄のラストに衝撃を受ける。

 ほか収録されているのは阿津川辰海の「透明人間は密室に潜む」、大山誠一郎の「顔のない死体はなぜ顔がないのか」、白井智之の「首無館の殺人」、松尾由美の「袋小路の猫探偵」の全5編。

 事件の推理から結末まで、一気に読ませる。

 (講談社 700円+税)

「時代小説ザ・ベスト2019」日本文藝家協会編

 寛永の大飢饉を乗り越えた将軍・家光は、気晴らしの余興にと大食い見物を用意させる。そこへ一映と名乗る僧が現れ、健啖の士・小左衛門に勝負を申し入れる。

 余興に反対していた大目付・井上清兵衛はなぜか面白がり、突如現れた伝説の女僧・八百比丘尼は、「命を落とすだろう」と告げて消える。

 日を改めた勝負の日、骨と皮ばかりになった一映が姿を現した。大食い余興の顛末は……。(吉川永青著「一生の食」)

 本書は、朝井まかて、安部龍太郎、諸田玲子など名手11人による歴史・時代小説短編集。

 富札で千両が当たった夫婦の騒動を通して江戸の活気が伝わる人情話、3世紀の東アジアを舞台に描く漢民族の対立抗争、秀頼の側近の身辺警護部隊「七手組」まで、束の間のタイムトリップをご堪能あれ。

 (集英社 920円+税)

「あなたの不幸は蜜の味」辻村深月、小池真理子、沼田まほかる、新津きよみ、乃南アサ、宮部みゆき著

 ある地方都市で放火事件が起きた。笙子の実家の前にある消防団の詰め所が現場だった。笙子が仕事で現地を訪れたところ、消防団の大林と再会する。かつて合コンに参加し、その後、一度だけ食事をした相手だが、笙子にとっては苦い思い出だった。しかし大林と話をするうちに笙子は、大林が自分と再会したいがために放火したのではないかと考える。1カ月後、大林が逮捕され、笙子は後輩の朋絵に大林との関係をそっと打ち明けたのだが……。(辻村深月著「石蕗南地区の放火」)

 6人の女性作家による“イヤミス”を集めたアンソロジー。ほか、乃南アサの「祝辞」、新津きよみの「実家」など、人の心の裏暗さに嫌な後味が残るミステリーが勢ぞろいだ。同時刊行の「あなたに謎と幸福を」との併読もおすすめだ。

 (PHP研究所 720円+税)

「短篇ベストコレクション現代の小説2019」日本文藝家協会編

 令和最初のコレクションは、若手作家からベテランまで18人の作品を収録した。今年で7回目となる本書では、平成という時代の一端を鋭く嗅ぎ分け、切り取ったような短編が揃った。

 非正規雇用の女性がユーチューブに救いを求める姿を描く朝井リョウの「どうしても生きてる」、少年と少女の淡い恋が、親の都合で引き裂かれていくさまをつづった小島環の「ヨイコのリズム」、妹が不倫相手と亡くなった後、残された姪を育てる「私」の心象風景がひしひしと伝わる小池真理子の「喪中の客」、さらに東日本大震災の被災地を舞台に、児童失踪事件を描く長岡弘樹の「傷跡の行方」など。

 テーマも家族、孤独、老い、社会的弱者、またジャンルも幻想もの、SF、ミステリーと幅広く揃い、平成の映し鏡のような世界が楽しめる。

 (徳間書店 1100円+税)

「街を歩けば謎に当たる」海野碧、両角長彦、石川渓月、川中大樹、前川裕著

 日本ミステリー文学賞新人賞を受賞した5人の作家による「街」をテーマに書き下ろしたアンソロジー。

 海野碧の「向こう岸の家」は、中年女性の沙和が主人公。夫と離婚話で揉め、5歳の一人娘を連れ、郷里のN市に帰ってきた沙和は、ある日、実家から6キロほど離れた水田の向こうに立つ古い大きな家を見て記憶を揺さぶられる。子どもの頃、母と訪れたことがあるはずだが、訪れた理由も家人との関係も思い出せない。沙和は、父が単身赴任中だったことを思い出し、母の秘密を追っていく――。舞台のN市は「徒歩でも30分で観光名所の古刹に行き当たる」とすれば長野市がモデルだろうか。

 ほか新宿ゴールデン街、神奈川県大和市、日本橋人形町など、その場所ならではの「謎」を絡め、個性豊かにつづっていく。

 (光文社 800円+税)

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