「『非モテ』からはじめる男性学」西井開氏

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 1990年代後半からインターネットを賑わせてきた「非モテ」という言葉。一般的には女性から好意を向けられない状態や、そのような苦悩を抱える男性を指す。本書のタイトルから「モテるようになるための本か?」と思うのは早合点。この非モテ、そんな単純ではなく、男性社会や各種のコミュニティーの問題も絡んだ根深さがあり本書はこれを学術的に分析しようと試みている。

「私が発起人として参加している『ぼくらの非モテ研究会』(以下・非モテ研)は、主に男性を対象とした語り合いグループで、自身の経験を振り返りながら非モテの苦悩や生きづらさを探求してきました。その中で私が抱いたひとつの疑問が、非モテ男性は本当に“モテないから苦しいのか”ということ。非モテに苦悩を抱くようになるまでには、実は非常に複雑な背景があるのではないかと考えたのが執筆のきっかけです」

 本書には、著者を含む非モテ研究メンバーがグループで話した実際の語り、例えば「人と関わっても孤独を感じていた」と学生時代を振り返るAさんや、「モテたい気持ちはあるがコンプレックスを埋めたいだけかと思うと自分が不誠実に感じる」と話すBさんなど、赤裸々な言葉が引用されているが、メンバーの多くが抱えているのが「自分は一人前の人間ではないのではないか」という感覚だ。誰かと比べて劣等感を抱くという経験は少なからずあるものだが、非モテ研のそれは少し違う。

「具体的な誰かと比べたときだけでなく、抽象的にイメージされる“一人前の人間”に達していないという切迫した感覚があり、私はこれを“未達の感覚”と呼んでいます。この感覚をもたらす要因は恋人の有無だけでなく、身長が低い、運動が苦手など多岐にわたります。言い換えれば、背が高くて運動もできて社交的で恋人もいる男性こそが普通であり、そうでない男性はダメというイメージにとらわれているのです」

 なぜ“未達の感覚”を抱くようになるのか。その背景には、「からかい・いじり」の被害が関連していると著者は言う。これは、学校生活の中の、男友達のグループ内などで発生することがある。性暴力やパワハラなどと比較すれば軽微なもののように感じられるため、からかいやいじりはその特性から被害として認識しづらく、一方で小さな傷が蓄積されていく。

「チビ、デブ、童貞など周縁化された男性に対する蔑称が使用される場合も多くて、これは“標準的な男性像”からかけ離れていることを背景として繰り出される。そしてからかいやいじりを受ける人は、おまえは一人前の男性ではないのだと否定され続けることになり、やがて自分で自分を否定するようになるわけですね」

■非モテを通じて考える男性の生きづらさ

 そのような集団からは抜け出せばよいと思うかもしれない。しかし、これをいじめと認めてしまえば自分は脆弱な被害者になってしまう。さらに、他のメンバーから明確な劣位に置かれることにもつながる。ならば、集団から排除されないためにも、いじられる立場を自ら引き受けるケースもある。

「男性集団内の権力性や序列化を背景としたからかいやいじりは、社会人になってもあるのではないでしょうか。非モテ男性はからかいが容認されたコミュニティーの被害者であり、同時にそのコミュニティーの維持に手を貸す存在になってしまっているとも言えます」

 疎外感を強くした非モテ男性が、未達の感覚の回収のため女性に執着してしまう背景や、男性が自身の弱さを語りつながる場があることの重要性なども丁寧に解説していく。非モテを通じて、男性の生きづらさやジェンダーの課題を考えることのできる良著である。

(集英社 924円)

▽にしい・かい 1989年、大阪府生まれ。神戸大学発達科学部卒業後、会社員、NPO職員などを経て立命館大学人間科学研究科博士後期課程。日本学術振興会特別研究員。臨床心理士。公認心理師。専攻は臨床社会学、男性・マジョリティー研究。共著に「モテないけど生きてます―苦悩する男たちの当事者研究」がある。

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