「魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣」石井妙子著

公開日: 更新日:

 1971年、世界的に知られるフォトジャーナリスト、ユージン・スミスは、2番目の妻アイリーンと一緒に水俣にやってきた。アメリカ人の父と日本人の母を持つアイリーンは、当時まだ20歳。ニューヨークで出会った2人は、31歳の年の差を超えて結婚、運命に導かれるように日本に渡り、それから3年間、水俣で公害病に苦しむ人たちを撮り続けた。

 2人は古びた小さい木造の家を借りて住んだ。便所は汲み取り式で、風呂は薪でたく五右衛門風呂。村の人と同じ暮らしをしながら、水俣病患者の家庭を訪ね歩いた。一緒にお茶を飲み、アイリーンの通訳で語らう。ユージンは大柄で目立つし、日本語もわからない。それでも自然に集落に溶け込み、人気者になった。相手との関係が築けるまで、シャッターを押さなかった。扱いにくい写真家と思われているユージンだが、「田舎のアメリカ人の素朴さみたいなものがあった」とアイリーンは語っている。

 ユージンは水俣で、人間の営利主義の犠牲者たちの苦しみを撮ろうとしていた。その中に、10代半ばの美しい少女がいた。彼女は歩けない。話せない。いつも口からよだれが垂れている。それなのに、何枚撮っても健康なかわいらしい少女に写ってしまう。「私の写真にはあなたの苦悩が少しも写っていない」。ユージンは床を拳で叩きながら泣くこともあったという。アイリーンに支えられて撮った水俣の写真は、ユージン・スミス最後の作品となった。

 アイリーンとユージン、それぞれのルーツから書き起こし、水俣病の発症、公害認定、裁判に至る長い道のり、水俣の現在にまで言及した大スケールのノンフィクション。ジョニー・デップ主演の映画「MINAMATA」が上映されているが、本作を読めば、感動と理解は格段に深まるだろう。

(文藝春秋 2090円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    国分太一は実質引退か? 中居正広氏、松本人志…“逃げ切り”が許されなかったタレントたちの共通点

  2. 2

    キンプリ永瀬廉が大阪学芸高から日出高校に転校することになった家庭事情 大学は明治学院に進学

  3. 3

    「時代と寝た男」加納典明(22)撮影した女性500人のうち450人と関係を持ったのは本当ですか?「それは…」

  4. 4

    国分太一「すぽると!」降板は当然…“最悪だった”現場の評判

  5. 5

    「いっぷく!」崖っぷちの元凶は国分太一のイヤ~な性格?

  1. 6

    国分太一は会見ナシ“雲隠れ生活”ににじむ本心…自宅の電気は消え、元TBSの妻は近所に謝罪する事態に

  2. 7

    「コンプラ違反」で一発退場のTOKIO国分太一…ゾロゾロと出てくる“素行の悪さ”

  3. 8

    ドジャースは大谷翔平のお陰でリリーフ投手がチーム最多勝になる可能性もある

  4. 9

    《ヤラセだらけの世界》長瀬智也のSNS投稿を巡り…再注目されるTOKIOを変えた「DASH村」の闇

  5. 10

    大谷 28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」とは?