「親は選べないが人生は選べる」高橋和巳氏

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 どんな親のもとに生まれるかで、人生が左右されるのはよく知られていることだが、「こんな家にさえ生まれてこなかったら……」と思う境遇の場合、自分で幸せをつくり上げる余地はどのくらいあるのか。

 本書は、心理発達の観点から、親の影響を受けて人が生き方をつくり上げていく過程を考察しつつ、それが不都合だった場合に抜け出して生き直すための「親との別れ方」を指南した書だ。

「うつ病を繰り返す人のなかに、まったく抗うつ薬が効かない人がいて、不思議に思っていました。それがある人を診た際、心に虐待の傷があるのではないかと思い当たり、カウンセリングを始めたら、1年半ほどできれいに治った。そしてほかの治らなかった人たちも同じようにして治っていったんです」

 ここでいう虐待とは、目に見えるような体罰だけに限定されない。人生の最初の段階で子が母親(主な養育者)に安心を求めてくっつこう、共感してもらおうとする「愛着形成」がうまくできずに「自ら愛着を求める気持ちを否定して心の傷を負った場合」も含まれる。この状態で育つと、他者に対する基本的信頼が損なわれるため、誰にも頼れず何事もひとりで解決しようとして燃え尽き症候群になることもあるらしい。子ども時代に親の機嫌をとって心の平安を得てきた人は、機嫌を取ってもらいたいという欲求の強い相手に親しみを感じて結婚することがあり、相手からの要求に常に応えているうちにDV関係に陥るケースもあるというから驚きだ。

「多くの人は、自分の育った環境しか知らないため、それが普通だと思って受け入れて育ち、虐待を受けたことには気づきません。心の不調や、夫婦問題、子どもの問題などをきっかけに、初めて自分が傷ついていたことに気づく。子どもの問題だと思って相談にきたら、なぜ自分は子どもに適切な対応ができないのかに行きつき、自分の愛着形成の問題に気づく人もいます」

 もしや自分も……と感じた人が中高年でも愛着形成の問題に気づくことで人生を変える最初の一歩を踏み出すことができる。本書では、愛着の問題の有無を確かめる方法として、人前で一番に好きなケーキを選べるかという測定方法を紹介。愛着に問題のない人は、遠慮しながらも喜んで好きなケーキを選ぶが、愛着形成ができなかった人は、自分を愛される存在ではないと無意識に否定しているため、他の人に先に選んでもらいたがり、怖くて自分が先に選ぶことができなくなるらしい。

 乳児期、イヤイヤ期、学童期、思春期、成人期と順を追って、普通の家に生まれ育った人と虐待を受けて育った人の心の発達過程の双方を解説しているので、読者は自らの経験と照らし合わせつつ読める構成となっている。

「振り返ることで心の棚卸しができると思います。特に50代60代は自分の人生全体が見えてくる時期。愛着形成ができなかった過去が人生に影響を及ぼしていることに気づき、人が愛着を求めるのは自然なことで求めてもいいのだと理解すれば、心の整理ができてすっきりしてくるはず。親から知らず知らずに受け継いだ不都合な生き方から自由になると、その後の人生を軽やかに生きることができますよ」

(筑摩書房 924円)

▽高橋和巳(たかはし・かずみ)1953年生まれ。精神科医。医学博士。福島県立医科大学卒。都立松沢病院で精神科医長を退職後、「風の木クリニック」を開業。著書に、「精神科医が教える 聴く技術」「子は親を救うために『心の病』になる」「生まれ変わる心」などがある。

【連載】著者インタビュー

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