「私と言葉たち」アーシュラ・K・ル=グウィン著 谷垣暁美訳

公開日: 更新日:

「私と言葉たち」アーシュラ・K・ル=グウィン著 谷垣暁美訳

 2018年に88歳で亡くなったル=グウィンの晩年のエッセー・書評集。先に翻訳された「暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて」は主にル=グウィンが2010年から始めたブログの内容をまとめたもので、身辺雑記や猫との交流などが書かれたカジュアルな趣だった。対して本書には作家論、作品論など小説家ル=グウィンの創作と批評の神髄に触れるエッセーや書評、講演録などが収められている。

 冒頭に「心に波は立たない」という詩が収められているが、その一節に「言葉が私の素材。私はひとつの石をカチカチ彫ってきた/三十年間、それはまだしあがっていない」とある。書かれたのはデビューから15年経た1977年。ル=グウィンの創作態度を示すとともに本書のタイトルとも響き合っている。

 全体は3部に分かれ、第1部は講演、エッセー。フィクションの分野におけるSFやファンタジーというカテゴリー付けに対する違和感や、ジェンダーの分割と階層性の序列に対する異議などの著者らしい話題の間に、自ら育った家のことをつづった「芸術作品の中に住む」というユニークな一編が交じっている。ル=グウィンが幼少期を過ごしたバークレーの家は、アーツ&クラフツ・ムーブメントにおける傑出した建築家バーナード・メイベックが建てた家で、その家は「私という人間が生じたところ」で、そこで彼女の豊かな感性が育まれたことが伝わってくる。

 第2部は、フィリップ・K・ディック、スタニスワフ・レム、パステルナーク、H・G・ウェルズなど彼女が大きな影響を受けた作家たちが論じられる。第3部は、アトウッド著「洪水の年」、トーベ・ヤンソン著「誠実な詐欺師」、サラマーゴ著「大地より立ちて」といった作品の書評が並ぶ。

 本書のそこここにSF、ファンタジーというジャンルを超えた、広く20世紀文明を見渡す偉大な知性のきらめきが光っている。 <狸>

(河出書房新社 3245円)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  2. 2
    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  3. 3
    試合ガタ減り、選手クーデター未遂…“不毛の8年”で晩節汚した青木功JGTO会長ついに退任

    試合ガタ減り、選手クーデター未遂…“不毛の8年”で晩節汚した青木功JGTO会長ついに退任

  4. 4
    岸田自民は補選「全敗」確定情報…島根1区も水面下で“白旗”揚げちゃった? 党幹部すら諦めモードの末期状態

    岸田自民は補選「全敗」確定情報…島根1区も水面下で“白旗”揚げちゃった? 党幹部すら諦めモードの末期状態

  5. 5
    ソフトB山川穂高を直撃「古巣への不義理、SBファンの拒否反応をどう思っていますか?」

    ソフトB山川穂高を直撃「古巣への不義理、SBファンの拒否反応をどう思っていますか?」

  1. 6
    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

  2. 7
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  3. 8
    「アンメット」の“三瓶先生”にハマる視聴者続出!杉咲花も惚れた若葉竜也「無愛想な魅力」の原点

    「アンメット」の“三瓶先生”にハマる視聴者続出!杉咲花も惚れた若葉竜也「無愛想な魅力」の原点

  4. 9
    長渕剛が誹謗中傷に《具合が悪い》と告白…《話があるなら、来てほしい》と性被害告発の元女優に呼びかけ

    長渕剛が誹謗中傷に《具合が悪い》と告白…《話があるなら、来てほしい》と性被害告発の元女優に呼びかけ

  5. 10
    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ

    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ