「大阪弁の深み」札埜和男氏
「大阪弁の深み」札埜和男氏
大阪生まれ大阪育ちの著者は、長いこと大阪弁のフィールドワークを続けている。
「おもろい看板やポスター見つけたら常に写真撮ってます。ほんまに書きことばの大阪弁が街に氾濫してますよね」
店や会社の名前が〈ええねん〉〈あほや〉〈ほな〉〈サヨカ〉。焼きそばの屋台の看板は、〈なんでうまいねん!!〉〈しらんがな?〉と、ボケとツッコミをやっている。大阪府警の採用ポスターは毎年面白い。令和6年度版は、警察官の帽子をかぶったたこ焼きが箸でつままれている写真に〈熱っついの、求む。〉とあって、くすっと笑える。
大阪ネーティブの著者が、母語である大阪弁を意識するきっかけは、外から大阪弁を眺めたことだった。
「特に東京の学生生活では、いろんな気づきがありましたね。ゼミの発表のとき『しゃあないですやん』と言ったら、関東出身の女子学生が笑うんですよね。あとね、一般教養の体育の授業のとき、しんどくなってきて、『えらいわ~』と言ったら、友達に『誰が?』と聞かれました(笑)」
上京したばかりのころ、東京のことばを使ってみたくて、意を決して〈だってサ〉と言った途端、さぶいぼ(鳥肌のこと)が出た。体が受けつけなかったらしい。大阪人のアイデンティティーを自覚、大阪弁への興味もわいて、フィールドワークにつながっていった。
調査研究の対象は街角の大阪弁景観にとどまらず、商談、警察の取り調べ、法廷、教育現場へと広がっていった。そのエッセンスをまとめたのが本作。漠然と広い関西弁ではなく、大阪弁に焦点を合わせて、その多様な働きぶりを考察している。
例えば商談の場で、大阪弁は絶妙な働きをする。
「商店街の方々にもお話聞きましたけど、お客さん怒らしたら負け、つながりを切ったら負けとよう言われますね。商品が売り切れていても、『ない』と言わんと、『さっきまであってん。もうちょっと早よ来てくれたらよかったのに』って。『ない』言うたらそれで終わりですからね」
この融通無碍のやりとりは、税務調査の現場にも共通しているという。納税者はお客さんだから、怒らせない、切らない。〈あんた、言ってること、違うやん?〉とやんわり迫り、〈今度からそないしなはれ〉と親身にアドバイスする。机の中を調べたいときは、〈開けるで~〉と笑いを入れる。
「商売と同じ。ええ気分にさして払うてもらう。相手の目線に合わせて横の関係で対するから、相手も胸襟開くんやと思いますね。大阪弁て、どんな立場の人間も平等にする魔法の言葉かなあと僕は思うたりするんですけどね」
著者の大阪弁は、テレビのお笑い番組でよく耳にする騒々しい関西弁とは違い、やわらかで心地よい。
「大阪弁はすぐお笑いに結び付けられますけど、笑いの側面だけ見ていると、大阪弁の本質を見落としてしまうかな、と。根底に平等思想があってこその笑いやと思いますね」
収集した豊富な写真も掲載。大阪弁は、めっちゃおもろくて、味わい深い。
(PHP研究所 1155円)
▽札埜和男(ふだの・かずお) 龍谷大学文学部哲学科教授。日本笑い学会理事。1962年大阪府交野市生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、主に高校の国語教師として31年間の教員生活を送る。在職中に博士号(文学)を取得。2025年4月から現職。文学作品を題材にした模擬裁判「文学模擬裁判」を創出し、全国で指導している。著書に「大阪弁看板考」「大阪弁『ほんまもん』講座」など。