時代物から英国文学賞受賞作まで文庫で読むミステリー特集

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「やっと訪れた春に」青山文平著

 秋の夜長にオススメのミステリー……と言いたいところだが、今年は残暑厳しくまだまだ夏は続きそう。外出は控え冷房の効いた部屋でじっくりと読書に浸ってはどうか。時代物から初邦訳となる海外作品まで、バラエティーに富んだミステリーを紹介しよう。



「やっと訪れた春に」青山文平著

 物語は、橋倉藩の近習目付である長沢圭史が隠居願を出したところから始まる。そんな圭史の屋敷を訪ねるのは、同役の団藤匠。本来、藩主に近侍する近習目付はひとりしかいない。しかし、橋倉藩には圭史と匠の2人がいる。その理由は、藩主も2人だったからだ。

 4代藩主重明の時代、藩政を裏で操る門閥勢力が台頭。これを粛清し中央集権化を成し遂げてからは、本家と分家が交互に藩主を輩出してきた。そして、能吏を2人置くことで両派の均衡を保ってきた。圭史と匠は、かつて門閥粛清に参加した家臣の子孫だった。

 しかし、分家で次期藩主予定の重政が相続遠慮を申し出たことで藩主の一本化がなされ、2人の近習目付にもようやく平和が訪れようとしていた。ところが、重政が何者かに暗殺される事件が起こり、圭史と匠は犯人捜しに乗り出すこととなる。

 歴史のはざまで懸命に生きる人々の姿を描き続けてきた著者による、秀逸な時代ミステリーだ。 (祥伝社 880円)

「なりすまし」越尾圭著

「なりすまし」越尾圭著

 主人公の和泉浩次郎は、妻のエリカと3歳の娘杏奈との3人暮らし。ささやかながら幸せに暮らしていたが、ある日エリカが惨殺死体で見つかる。

 さらに、捜査の過程で意外な事実が明らかになる。エリカは他人の戸籍を利用しており、別人をかたっていたというのだ。浩次郎は激しく狼狽する。なぜなら浩次郎自身も、他人の戸籍を使っていたからだ。

 浩次郎はかつて、七瀬堅吾という名前だった。大学卒業後に地方出版社に就職し、ごく平凡な人生を送っていたが、3年後に両親が交通事故で他界。6歳年上の兄が保険金と遺産をギャンブルにつぎ込み、あげく暴力団員を刺殺する事件を起こす。浩次郎にも暴力団からの迫害が及び、すべてを失ったことで戸籍売買に手を出し、以降別人となって生きてきた。

 エリカはいったい何者だったのか、そしてなぜ殺されたのか。戸籍売買や無戸籍児を題材とした、社会派ミステリーだ。 (角川春樹事務所 968円)


「彼女はひとり闇の中」天祢涼著

「彼女はひとり闇の中」天祢涼著

 昨夜、近所の公園で殺人事件が起きたことを知った千弦は、LINEの中に玲奈からの未読メッセージを見つける。受信時間は昨夜の21時34分。相談があるから電話したいという内容だったが、玲奈とは幼馴染みでも最近は会うことがなく、電話などいつ以来か分からないほどだった。やがて昨夜の被害者は玲奈であったことが明らかになる。

 場面変わってとある部屋のリビング。葛葉はパソコンで玲奈に関するニュースをチェックしていた。現状、警察が犯人--すなわち“自分”につながる手がかりを掴んでいる様子はない。スマホにはマスコミからの着信がある。玲奈が葛葉の“教え子”であることを嗅ぎつけたのだろう。しかし、証拠は残していないはずだ。

 物語の最初に犯人が分かる倒叙ミステリーのようだが、たやすくは真相にたどり着けない。幾重にも伏線が張り巡らされ、現代人の孤独も浮き彫りにされる衝撃のミステリーだ。

 (光文社 902円)

「磔の地」ジェイムズ・リー・バーク著 吉野弘人訳

「磔の地」ジェイムズ・リー・バーク著 吉野弘人訳

 1998年、英国推理作家協会が主催するCWA賞で最優秀長編作品に与えられるゴールド・ダガー賞を受賞した本作。長らく翻訳されずにいたが、今年新潮文庫から発刊された。

 物語の舞台はルイジアナ州ニュー・アイビーリア。保安官事務所の刑事であるロビショーのもとに、写真家のミーガンが訪ねて来る。彼女は、郡の拘置所に収容されているクール・ブリーズ・ブルサードという黒人男性が虐待されていると訴える。看守が彼に猿ぐつわと手錠をかけ、排泄物のある拘束椅子に座らせているというのだ。

 時を同じくして、ロビショーはFBIからある事件の詳細を尋ねられる。3カ月ほど前、17歳の黒人少女が白人少年2人にレイプされたが、犯人は無罪放免に。ところがその後、保安官らしき白人男性によって犯人2人が銃殺されていたのだ。

 ロビショーは、かつて私刑で磔殺されたミーガンの父親の事件と共に、重層的で複雑な人間模様の真相に近づいていく。 (新潮社 1210円)

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