「給水塔から見た虹は」窪美澄氏
「給水塔から見た虹は」窪美澄氏
主人公は、神奈川県のとある団地に住む中学2年生の菅野桐乃。外国人が多く入居する団地に住む桐乃は、団地に住む子が「団地の子」と呼ばれることに差別意識を感じ、早く団地から脱出し外国人のいない町に住みたいと願っていた。しかし、そんな桐乃の気持ちとは裏腹に、母親の里穂はパートのかたわら日本語を教えるボランティアをしている。桐乃はそんな母親を理解できず、不満を募らせているのだが……。
「外国の方が増えるにつれ、小説の中に日本人しか出てこないのは不自然だと感じるようになりました。とある市で、外国の子どもを教える中学校の先生や技能実習生らに取材をしたのですが、その地域の団地には、6カ国語の注意書きが貼ってありました。この小説の舞台は、その団地をモデルにしています」
登場するのは、「外国人」とひとくくりにはできない多様な人たちだ。たとえば、桐乃のクラスには、ベトナムルーツの男の子ヒュウと、同じくベトナムから来た女の子クイン、ブラジルルーツの男の子ケヴェンがいる。ヒュウは日本語が苦手なため自己表現できずイジメの標的になりがちで、クインは成績優秀な優等生で桐乃のライバルでもある。一方日本語が堪能ですぐに喧嘩を仕掛けるケヴェンはいじめる側だ。さらに中国から帰化して日本名で呼ばれている松谷さんは、桐乃の部活仲間でもある。
本書は、こうしたさまざまな外国の人と触れ合うなかで、桐乃が世界のリアルに触れながら少しずつ変化していく姿を描いた成長物語となっている。
「私は稲城市の生まれですが、子どもの頃に実家前の川崎街道に土砂を積んだトラックがたくさん通っていました。今考えれば多摩ニュータウンをつくっていたんです。実家は古い家でしたが友達が住む団地はピカピカで羨ましかった。団地は私にとって原風景で、団地は日本の変化の象徴でもあります。その中で給水塔は、変わりゆく団地をずっと見てきた神視点の存在。そんな思いもあって給水塔を入れたタイトルを付けました」
物語の中で桐乃は(昔は国籍など意識せずみんな一緒に遊べたのに)と振り返る。外国の子をかばうと「団地の子のくせに」といわれて一緒にのけものにされかねないので、いつのまにか見て見ぬふりをするようになった。しかし家に帰ると、玄関には見知らぬ靴があり、家は母が招いた外国人に占領されている。(ここは私の家なのに……)と思い不満を募らせる桐乃の心情は、(外国人じゃなく日本人を大事にしてくれ)という最近の空気感と重なってみえる。
しかしストーリーが進むと、忙しい親に構ってもらえない寂しさ、集団からはじかれるつらさ、子の心がつかめず焦る母の心情など、国籍とは無関係に互いに共感しうるものがあることも判明する。後半、鬱屈した団地から抜け出す主人公の冒険も読みどころだ。
「多様な人たちと一緒に暮らす現実がすでに身近にあることをまず知ってほしい。ゲンダイ読者のお子さんやお孫さんも、この小説のような環境にいるかもしれない。文化と文化のぶつかり合いはありますが、そこから豊かなものが生まれることもある。つい『日本人ファースト』のような強い言葉に引っ張られますが、その言葉が持つ怖さ、そこからこぼれてしまう何かを本書を通じて感じていただけたら」 (集英社 2090円)
▽窪美澄(くぼ・みすみ) 1965年東京生まれ。2009年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞しデビュー。同作収録の「ふがいない僕は空を見た」で第24回山本周五郎賞、「夜に星を放つ」で第167回直木賞を受賞するなど著書多数。