著者のコラム一覧
板坂康弘作家

東京都出身。週刊誌ライターを経て、阿佐田哲也、小島武夫が結成した「麻雀新撰組」に加わり、1972年創刊「近代麻雀」の初代編集長。小説CLUB新人賞を受賞して作家デビュー、著書多数、競輪評論でも活躍。

<3>作家になる原点は少年時代の躓きと傷

公開日: 更新日:

 だが、そのときのナイフは、阿佐田さんのものではなく、府立四中(現・戸山高校)を目指す秀才の友達の手製。阿佐田さんは預かっていただけだった。

 けが人が出て、担任教師が駆けつけてくる。

 いかなる理由があろうと、教室に刃物を持ち込むのは禁止である。教師の怒声が「おまえのものか!」と、阿佐田さんに浴びせられる。

 彼は双眸に涙をにじませ「ぼくのです」と答えた。その場面には、ナイフを作った友人もいた。だが「それは自分のものです」と、言えなかった。自分を庇ってくれていると感じたが、言葉が出なかった。

 阿佐田さんは刃物を持ち込んだ理由で、内申書の操行が「丙」に落とされ、三流の新設の中学に進学するしかなくなった。庇ってもらった生徒は進学希望の府立四中から陸軍士官学校と、当時の超エリートコースへと進学していく。

 2人の交際は晩年まで続いたが、手製のナイフのことを、阿佐田さんは決して語らなかったようだ。

「僕は劣等生なんですよ」

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