弘前大学医学部附属病院は「ハイパーサーミア療法」のどこに注目しているのか

公開日: 更新日:

青森から東北全域のがん治療を変える

 がん患者が多い東北地方のなかでもその数がひときわ目立つのが青森県。都道府県別のがんの75歳未満年齢調整死亡率はダントツだ。

 そんな青森県のがん患者の負担を減らし治療成績をあげようと、がん標準療法の上乗せ効果が期待される「ハイパーサーミア(温熱)療法」に力を注いでいるのが、最新鋭の治療器を設置した、弘前大学大学院医学研究科放射線腫瘍学講座の青木昌彦教授だ。この治療法のどこが優れているのか? リモートで話を聞いた。

 青森県は日本一の「短命県」。男女ともに平均寿命は全国最下位。原因は高いがん死亡率にある。

 実際、青森県の死因の第1位はがんで全体の3割(約5000人)に上る。これは第2位の心疾患の2倍の数だ。

 しかも、青森県は40、50代といった若い世代のがん死が多い。そのためがん死がなくなると男性4.07年、女性3.15年平均寿命が改善するとの試算さえある。

 青森県でがん死が多いのは、喫煙率や多量の飲酒率が高いことに加え検診受診率が低く、病院受診が遅いためにがんが進行してから発見されるからだ。

 そのため青森県ではがん検診の普及に務める一方で、がん治療のための中核病院を整備している。現在は国が指定するがん診療連携拠点病院3、地域がん診療病院が2、青森県がん診療連携推進病院5の計10病院を備えている。

 弘前大学医学部附属病院はがん診療連携拠点病院のひとつで、青木教授は放射線治療を専門としている。

「青森県は胃、大腸、肺と共に肝胆膵がんが多い。このような体の奥底に出来る腹部臓器のがんは低酸素に強く放射線抵抗性がある。しかも抗がん剤も効きにくい。ハイパーサーミアを併用することで改善がみられることを期待しています」

 ハイパーサーミア療法とは、がんの塊が42.5度以上の熱に弱いという性質を利用してがんを治療する方法のこと。体外から、がん細胞が潜む部位にラジオで使われる周波数帯の電波を流してがんの塊を加温し、死滅させる。

■ハイパーサーミアの5つの利点

 この治療法には5つの利点がある。①はがん細胞だけを選択的に攻撃できること。正常な細胞は加温すると周囲の血管が拡張して血流を増し、熱を外に逃がす。ところが、がんの周りにある血管は、急ごしらえのもろい新生血管であるため、血管が拡張できない。そのため熱がこもってしまい、がん細胞は正常細胞よりも早く熱の影響を受けて壊れてしまう。

 ②は放射線や抗がん剤と併用することで、それぞれの治療効果を高めることが期待できること。
例えば放射線治療によりダメージを受けたがん細胞はなんとか修復しようとする。しかし、ハイパーサーミアを併用すれば加温でその修復が阻害される。とくに42度以上での放射線増感効果は顕著だ。また、放射線が効きにくい低酸素などのがん細胞は熱に弱いとされており、併用により治療効果が増強される。

 抗がん剤はハイパーサーミアを併用することで、がん細胞を覆う細胞膜の透過性が高まり、抗がん剤の取り込み量が増える。さらに温熱は、抗がん剤によって傷ついたDNA損傷を回復しようとするのを阻害する働きがある。

「その結果、副作用が強過ぎる患者さんは減薬ができますし、規定量の抗がん剤を服用できない患者さんは少量投与で長期間の症状維持が可能になります。③は免疫力もアップすることです。抗がん薬を長く使っていると、白血球とくにリンパ球の機能が低下します。ハイパーサーミアを併用すると、体温が上昇しリンパ球が活性化する。NK細胞、細胞傷害性T細胞などが増えてがん細胞への攻撃性が強まり、抗がん薬の効果を補強するのです」

 ④は目や脳、血液以外すべてのがん種に適応でき、費用は公的保険の対象なので安いこと。⑤は患者が治療器に約40~50分間横たわるだけで済むと手軽なことだ。

 ただし、脂肪組織が過度に加温されることで皮下脂肪に硬結が生じ、痛みが出る。その場合も多くは1~2週間で消え、後遺症も残らないという。

末期の下咽頭がん患者の腫瘍が消失した例も

 では、実際の効果はどうか?

 他施設の症例だが、肺と肝臓に転移のある70代の乳がんの患者が典型的だ。副作用がきつく、3週間連続投与の抗がん剤治療ができずに3週間に1度、量も半分しか投与できなくなった。しかし、ハイパーサーミアの併用で抗がん剤の増感作用が上がり、症状を維持した状態で数年間続けている。頭頚部にリンパ節転移があり、水も飲めない下咽頭がん患者がハイパーサーミアを併用しながらオプジーボを使ったところ、腫瘍が消失した例も報告されている。残念ながら亡くなったものの、腹膜播種で余命宣告された女性がハイパーサーミア療法を受けることで3年以上生きながらえたケースもある。

「私がこの治療法に出会ったのは25年ほど前のことです。当時は放射線科はがん患者さんの最後の砦ということで進行した患者さんばかりで、放射線単独では治療できないような巨大で抵抗性のある腫瘍ばかりでした。ところがハイパーサーミアと療法を併用すると驚くほど病状が改善する患者さんが何人もいたわけです。そのとき、この治療法は集学的治療に加えるべき治療法だと実感しました。ただし、当時は手動制御でしたので、治療に2時間以上かかるケースもある、手間暇かかる治療法でした。ところがいまはデジタル化が進み、温度設定もコンピューター制御で自動で行えるため、治療に手間がかかりません。しかも費用が安くて患者さんへの負担も少なく、何度でもできる。働きながらがん治療を続ける人にも手軽です。これを武器に青森県内はもちろん、この治療法に馴染みのない北海道南部から東北全体のがん患者さんのお役に立てたら、と考えています」

 既に青木教授は女性特有のがんが頸部に転移した患者さんにハイパーサーミアによる治療を行い腫瘍縮小、痛みの軽減などの症状改善が見られたという。

 青森県が全国一の短命県の汚名を返上する日は思ったより早くなるかもしれない。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人がもしFA3連敗ならクビが飛ぶのは誰? 赤っ恥かかされた山口オーナーと阿部監督の怒りの矛先

  2. 2

    大山悠輔が“巨人を蹴った”本当の理由…東京で新居探し説、阪神に抱くトラウマ、条件格差があっても残留のまさか

  3. 3

    悠仁さまの筑波大付属高での成績は? 進学塾に寄せられた情報を総合すると…

  4. 4

    大山悠輔に続き石川柊太にも逃げられ…巨人がFA市場で嫌われる「まさかの理由」をFA当事者が明かす

  5. 5

    織田裕二がフジテレビと決別の衝撃…「踊る大捜査線」続編に出演せず、柳葉敏郎が単独主演

  1. 6

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 7

    ヤクルト村上宗隆と巨人岡本和真 メジャーはどちらを高く評価する? 識者、米スカウトが占う「リアルな数字」

  3. 8

    どうなる?「トリガー条項」…ガソリン補助金で6兆円も投じながら5000億円の税収減に難色の意味不明

  4. 9

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  5. 10

    タイでマッサージ施術後の死亡者が相次ぐ…日本の整体やカイロプラクティック、リラクゼーションは大丈夫か?