右腕を落とさないと命に関わる…元近鉄の佐野慈紀さん糖尿病との闘いを語る
一気に具合が悪くなったのは6~7年前です。朝、体がむくんで、横になっても寝られない時間が多くなり、検査をすると「心不全」が判明し即入院になりました。心臓の血管内に“風船”を4つ入れる手術をして、3カ月後に退院。でも、そこから心不全による入退院を繰り返しました。
「人工透析」の話が出たのは4回目の入院時です。それだけは嫌だと拒否したのですが、「今後のためにシャント(透析で大量の血液が流れるように特別に作られた血管)だけは作りましょう」と言われ、しぶしぶ手術を受けました。
その後、仕事の関係で東京から大阪に拠点を移しました。5回目の心不全を起こして入院した京都の病院で透析をゴネていると、「長生きしたいか、すぐ死にたいか、どっちや」と聞かれて、ついに透析を決意したわけです。
透析病院に通院するようになって1年ほどした冬の日、石油ファンヒーターの前で寝てしまい、足の指先を低温火傷してしまいました。治療したものの、そこから感染症が起きて右足の中指の第1関節を切断することに……。その後、本格的な足の治療を勧められ、東京の病院に転院しました。
7カ月入院して、ようやく退院となったのもつかの間、今度は「心臓弁膜症」が発覚。でも、透析患者の心臓弁膜症手術は特別な資格を持った医師しかできないとのことで、すぐに手術とはなりませんでした。


















