宇喜多秀家の夢の跡<番外編 倉敷>

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 川幅10メートルほどの倉敷川一帯は、宇喜多秀家の時代に干拓工事が完了した。これにより広大な新田が誕生し、多くの村民がこの地に移住してきた。

 倉敷は、そんな秀家の夢の跡である。秀家は五大老の身でありながら、関ケ原での敗戦後は八丈島に流刑となり、83歳で生涯を閉じるまで貧窮に泣いていたと伝えられる。一説には、島の代官に食事をご馳走になった際、余ったご飯をにぎり飯にしてもらって家族への土産としたそうだ。

 慶長5(1600)年に備中国奉行領となり、3代将軍家光治世の寛永19(1642)年に天領となって幕府直轄となった。秀家が整備した良港が、蔵米などの海上輸送の集積基地として活躍した。また、天領となる5年前には島原の乱もあって、幕府の軍事上の拠点としても重宝した。

 つまり、魅力ある土地だけに徳川氏に“収奪”されたわけである。

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