神戸・柳原のレトロな雰囲気に包まれたふぐ屋 店主の根性

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 店名は「包福」。「かねふく」と読む。看板にルビが打たれている。それでもルビに無頓着な客はいる。

 夫婦で来て、どちらかが「つつみふく。そう読むの?」と言う。店主の森清治さん(76)は笑ってすませている。

「包福」の主役はふぐのてっちり。暖簾も店内も昭和レトロの雰囲気に包まれている。何より「包福」の2文字に心が躍る。てっちりといえばふぐに決まっている? そうではない。白身の魚は「てっちり」でいい。

 JR三ノ宮駅から西へ3つ目の兵庫駅で下車。改札口で駅員、または売店の店員に「柳原えべす、どこ?」と聞けば、すぐ答えが返ってくる。とにかく東に歩く。若い足なら徒歩8分。老いた足なら14分。えべっさんの中を斜めに歩き、道へ出たら右へ。すぐに活ふぐ料理「包福」が見つかる。

 うまい。料金は手頃。酒別で8500円。店から近いところに海産物の卸市場がある。だから魚はみな新鮮だ。そこへ店主の16歳からの腕前がある。ふぐ以外の、魚ちりもうまい。自身考案のポン酢が絶品で、ますます食が進む。魚が苦手な客なら神戸牛のすき焼きがいい。夏はハモちり。店主のモットーは「客を大切に。怖い顔を笑顔に変える」。予約制だ。

 店主は昭和19年、大阪で産声を上げた。5人きょうだいの次男。次男はやんちゃ坊主が多い。生まれて1年後に太平洋戦争が終わる。米国に惨敗。日本は310万人もの命を失った。

 国土は焼け野原。国民=空腹。数年後、大人の痩せこけた顔を少年森清治は見る。

「そんなもん、食べるもんが何もないがな。親が5人の子のために……あかん、この話を始めたら、涙が止まらん」

 やんちゃの次男は中学校を卒業すると、洋食屋で修業する。昔風にいえば「丁稚奉公」だ。

「毎晩、泣いたな。仕込み、仕込みの繰り返し。つらくてな。でも、あの3年間に根性が据わるようになったな」

「学校の勉強はできんかったが、代わりに働く勉強は誰にも負けんくらいした。今でも字は読めんわ。わっはっは」

♪涙の数だけ強くなれるよ……「その歌の文句そのままやね」「苦労という山道を登り下りしてな。人生は、ええことばかりではない。悪いことばかりでもないな」

 今の店から近い兵庫区入江通で実姉が大衆食堂、その近くで遠縁の男がお好み焼きの店を営んだ。姉の店の名が「包」。遠縁のそれが「福」。どちらも1文字だ。

 時が流れ、姉も遠縁も老けて、手放した店を青年になった森清治が買い、魚料理屋を始めた。

 店は阪神・淡路大震災で全壊。途方に暮れたが、この青年には「何くそ精神」の根性がある。強運がある。今の店の土地と建物は地震の前に購入していた。それでここを新しいふぐの店に?

「そやねん。“包”と“福”をくっつけて包福。この2文字にはいろいろと思い出があるんやね」

 26年前に阪神・淡路大震災。そして今はコロナ騒ぎの真っ最中。

「商売苦しい? 苦しいよ。せやけど誰に文句言うたらええ? 我慢と辛抱とでええやないか」

 真面目に言った同じ口で、「わしな、ほんまは漫才師になりたかったんよ」「女と博打も大好きやったな」。照れたいい顔が多くの客を呼ぶのだろう。

(平井隆司)

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