時代考証・黒田基樹さんに聞いた「豊臣兄弟!」裏歴史名所【秀長編】

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 戦国時代はやはり引きが強い。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」が好調だ。物語で取り上げられた聖地を訪れる人も多いというが、2人の生誕の地である愛知県名古屋市中村区や大阪城の周辺ではありきたりだろう。

 番組の時代考証を担当する駿河台大教授の黒田基樹さんに、オススメのゆかりの地を挙げてもらった。第2弾は秀長編だ。

■【郡山城】周辺の寺院から集めて転用。石垣に残る逆さ地蔵

 豊臣政権を支えた名参謀が、最盛期から晩年までを過ごしたのが、大和郡山市にある郡山城だ。

 1585年の四国攻めで総大将として長宗我部元親を降伏させた秀長は、その功績により新たに大和を与えられた。紀伊・和泉と合わせた石高は100万石を超えたともいわれる。巨大な力を得た6年後の1591年に病気で亡くなるまで、郡山城と城下町の整備に力を注いだという。

 城の改修・増築は急ピッチで進められたようで、その痕跡は石垣に残されている。当時の大和では石材が手に入りづらかったため、周辺の寺院から礎石や墓石をかき集めて転用することで石垣を積み上げていった。苦肉の策を示す証拠も、天守台の北側で見つかっている。逆さまに積み込まれた石の地蔵だ。

 肝心の天守は残っていないが、内堀は当時のまま。追手門や櫓などは復元された。散策すれば、秀長時代の威容を偲べるだろう。

 一帯は郡山城址公園として市民に親しまれ、「日本さくら名所100選」にも選ばれている。今年も、堀を囲うように植えられた600本の桜が満開になると、多くの見物客でにぎわった。

(住)奈良県大和郡山市城内町

■【春日大社】家臣・井上高晴が奉納。世界遺産に残る石灯籠

 全国に3000社ある春日大社の総本社で、世界遺産「古都奈良の文化財」を構成する春日大社。晩年に体調を崩した秀長は、病気平癒を祈願して、たびたび参拝していた。

「摂社の若宮神社の参道には、秀長の家臣の井上高清が回復を願って奉納した石灯籠も残っています」

 秀長と春日大社には、大和の統治を始めた頃からの因縁もある。春日大社の例祭「春日若宮おん祭」を主催して自らの力を誇示したのだ。

 慣例だった興福寺が秀長の命に背いて主催を拒否したのが理由だが、多額の費用を負担して1136年から続く例祭を取り仕切ったことで、根強かった寺社の影響力を弱めることに成功した。

 本殿として並ぶ4棟はすべて国宝。重要文化財もいたるところにあり、秀長でなくとも何度も訪れたい場所だ。

(住)奈良市春日野町160

■【野尻】日向から薩摩へ。最後の戦いとなった島津討伐

 1587年、秀長は島津勢が進軍を続ける九州へ出陣した。

「その九州攻めの際に最後の陣地としたのが宮崎県の野尻城です」

 当時、九州統一を成し遂げる寸前だった島津に対し、豊後の大友宗麟から要請を受けた秀吉は、大友との戦いをやめるように命じた。もっとも、勢いに乗る島津勢が停戦を受け入れるはずもなく、大友勢の城は次々に攻め落とされてゆく。

 そこで秀吉は島津討伐を決め、総勢20万ともいわれる大軍を九州に派兵した。秀吉軍は西の肥後から南下。秀長は東の日向から薩摩を目指して侵攻した。

 兵の数で劣る島津勢は圧倒され、撤退を続ける。城を明け渡し降伏する味方が後を絶たず、最後は全面降伏するしかなかった。島津義久の弟・義弘は、野尻に陣を構える秀長と対面し、和睦を申し入れたという。その後の小田原征伐を体調不良で参加できなかった秀長にとっては、これが最後の戦となった。

 野尻城があった周辺は現在も空堀や井戸の跡が残っている。

(住)宮崎県小林市野尻町東麓

■【和歌山城】2度の焼失を克服。市民の浄財で再建された天守

 和歌山市の中心部に構える和歌山城は、秀長が虎伏山の頂上に創建した。

 1585年、織田信雄や徳川家康と結び抵抗を続けた雑賀衆や根来衆に手を焼いていた秀吉は、信雄・家康との和睦を機に紀州の南部まで兵を進めて全域を平定。紀州を秀長に与え、築城を命じる。その普請は、後に築城の名人といわれる藤堂高虎が担った。

 ただし秀長は、その後に大和を与えられて郡山城を居城としたため、和歌山城は家老の桑山重晴が城代を務めた。

 1619年に家康の十男頼宣が入城、紀州徳川家の居城となり明治維新を迎えている。

 天守は1846年に落雷で焼失した。4年後に再建されて1935年に国宝にも指定されたが、1945年の空襲で焼失してしまった。現在の天守閣は1958年に鉄筋コンクリート造りで再建されたものだ。建設費は当時の金額で1億2000万円。その半分を市民が拠出している。

 国の名勝に指定されている西之丸庭園には、和歌山市出身である松下幸之助が寄贈した茶室「紅松庵」があり、作法を気にせず抹茶と菓子を楽しめる。

(住)和歌山市一番丁3

■【高取城】三大山城のひとつ。登山の途中に表われる巨大な石垣

 秀長が大和を統治する際に重要拠点として整備されたのが高取城だ。標高583.6メートルの高取山に築かれた山城で、備中の松山城、美濃の岩村城と並び日本三大山城に数えられる。

 秀長の居城である郡山城を守る詰城のひとつで、南大和防衛の要塞として機能していた。秀長の家臣・本多利久が大改修を手がけ、27の櫓と33の門を備えた近代的な城を完成させた。その姿は芙蓉の花に例えられるほどの美しさだったという。

 現在は石垣を残すのみだが、二の門は子嶋寺の山門、松の門は児童公園に移築されていて、見ることができる。

 高取山はハイキングコースが整備されており、登山型の城址としても人気だ。最寄りの近鉄吉野線の壺阪山駅から頂上までは徒歩で2時間。山の中で現れる巨大な石の遺構には、誰もが圧倒されるはずだ。

▽黒田基樹(くろだ・もとき) 1965年、東京都生まれ。早大教育学部社会科(地理歴史専修)卒、駒大人文科学研究科博士課程(日本史学)満期退学。2008年、駿河台大法学部准教授、12年、同教授。戦国大名に関する著書や論文を多数発表している。「秀吉を天下人にした男 羽柴秀長」(講談社現代新書)や「羽柴秀長の生涯」(平凡社新書)など、秀長に関する著書も多い。「ドラマは、あくまでも創作です。それをもとに良質な本を読んでほしいですね」(黒田さん)

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