天皇陛下が台風襲来2日前「荒川の水門」を視察のタイミング…歴代天皇が尽力した「治水」
天皇は、現在の青水門を視察したことになるが、台風襲来の2日前というのは、あたかもそれを予知したかのようで、国民の目を、そうした施設にむけることに大いに貢献した。
それも、一つには、天皇が水運について研究してきたからである。だが、ひるがえって考えてみるならば、歴代の天皇にとっても、水を制御する治水のことは治世をつつがなく行う上でもっとも重要な課題であった。
平安時代末期に強大な権力をふるった白河法皇は、自分が思い通りにならないことの一つとして、平安京を流れる賀茂川の水、つまりはその氾濫のことをあげていた。
したがって、いかに治水を行うかに、代々の天皇も力を入れてきた。そのはじまりは、第16代の仁徳天皇に遡る。その時代には、淀川の氾濫を防ぐために「茨田堤」という堤防が設けられた。
平安京遷都を実現した第50代の桓武天皇も、都を守るために河川改修を行っている。淀川と神崎川をつなげ、琵琶湖や宇治川からの水流を分散させ、物資の運搬に役立てるとともに、水害を防いだ。

















