平塚らいてう(4)100年前の論争はいまも終わっていない
母性保護論争を経て、平塚らいてうの関心は、女性の社会的・政治的な権利へと向かっていきます。1919(大正8)年、らいてうは市川房枝、奥むめおらとともに、新婦人協会を設立しました。日本で初めて本格的に女性の権利向上を掲げた団体といってよいでしょう。
現在では当たり前のよう…
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