IT企業で大儲け、キャバクラ三昧だった青年がモンゴル製レザーに出合うまで

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 モンゴル製レザーブランド「HushTug(ハッシュタグ)」を運営。シンプルでありながら高級感があり、それでいて価格は、本革を使用する他のブランドの半分程度と安いのがウケている。

 しかし「質の悪い革を使っていたり、モンゴルの工房の職人の人件費を削っていたりはしません」という。レザーの本場であるイタリアにも輸出されている高品質なモンゴル製レザーを使用し、金具などの部品は日本のYKK製。職人は「相場より良い条件で雇用している」と胸を張る。

 品質は上げるが価格は抑える──矛盾するこの2つを成立させるために、工房の運営から商品の企画開発、販売まで全て自社で行っている。中間業者が存在しないので、無駄なコストをカットできるからだ。

「ただし、安く売るのが目的ではありません。モンゴルのような発展途上国では、不当に低い賃金で働く人が多い。また大量生産が原因で環境破壊が進み、工場周辺の住民の健康が大きく損なわれている。私たちはこうした社会問題を目のあたりにして“大量生産品ではなく、本当に必要なものだけを選んで買ってほしい”と考えました。そのために、長く使える良質なものを安く提供したいのです」

 鳥取市出身。モンゴル製レザーと出合ったのは2017年。岡山大学卒業後、地元の鳥取銀行に就職したものの、わずか1年で退職し、上京して起業したIT系企業を経営しながら、モンゴルに移住したのがきっかけだ。

「当時やっていたのがインターネットを利用したアフィリエイトビジネス。まだ黎明期だったこともあり、ものすごく儲かりました。20代半ばなのに、頻繁に社員を連れてキャバクラで豪遊。半年で1000万円以上使いましたね。でもある日、ボトルキープした数を示すネームタグがパンパンになっているのを見て“自分はこんなものを増やすために人生の大切な時間を使っているのか”と急にむなしくなったのです。それ以来、キャバクラ通いはやめ、自分の存在意義を探すようになりました」

高品質・低価格のレザー製品にたどり着くまで

 そんな時に出会ったのが、業務用スーパー「肉のハナマサ」創業者の小野博氏だ。その頃はすでに経営の一線を退き、モンゴルと日本をつなぐ事業を行っていた。そんな小野氏とたまたま知り合ったことで、16年の夏にモンゴルへの視察旅行に誘われる。

「行って思ったのは、面白そうな国だなということ。日本にはない熱気とエネルギーを感じました。さらに国土は日本の4倍なのに人口はわずか300万人。マーケットが小さいので大企業は入ってこない。ならば自分の会社でも戦えるんじゃないかと……」

 当時26歳。まさに“青年は荒野をめざす”の世界だ。まずは市場調査のために1年間モンゴルに住もうと決断。IT会社経営は順調で、自分がいなくても事業は回っていた。しかし実際に移住したのは17年5月。1年近くかかったのは、「計画した直後に結婚しまして。当時付き合っていた彼女、つまり今の奥さんに“モンゴルに行こうと思うんだけど”と言ったら“私も行く”と。それで結婚式も済ませ、現地で住む家なども全部準備してからモンゴルに渡ったんです」。

 だが行ってみると、借りるはずの家が家主の都合でキャンセル。

「入国早々ホームレスになってしまいました(笑い)」

 通訳を探す前だったので言葉も通じない。

 途方に暮れる中、知り合いから、日本に留学経験のあるモンゴル人コミュニティーの運営者を紹介してもらう。さっそく会いに行くと、その運営者と流暢な関西弁で会話する青年がいた。

「てっきり日本人だと思って声をかけたらモンゴル人。すぐ打ち解け、通訳と家探しをお願いしました。彼とは後にハッシュタグを一緒に立ち上げる相棒になります」

 いざ、新天地モンゴルで新しいビジネスの種を探し始めた戸田さん。しかし、そううまくはいかなかった。

夢はでっかく、モンゴルの社会問題をビジネスで解決したい

「最初は日本製の温熱治療器や美容器具を販売しようと思ったのですが、許認可の手続きが難しく、早々に諦めました。次に考えたのがネイルサロン。妻がネイリストだったからです。移住して4カ月目に店をオープンしたのですが、これもうまくいきませんでした。理由は妻が素人で経営能力がまったくなかったこと、そして僕自身にネイルサロン事業に対する熱量がなく、面白いと思えなかったからです」

 そもそも人口300万人のモンゴルはマーケットが小さい。「モンゴル人を相手に商売してもうまくいかないのでは?」と思い始めた矢先、衝撃的なことが起きる。

「通訳兼ビジネスパートナーであるモンゴル人の女友だち5人が同じタイミングで妊娠し、彼女たちを祝うパーティーをしました。しかしそれから1、2カ月も経たないうちに、5人中4人が流産してしまったのです。これは普通じゃないと思って調べたら、モンゴルでは大気汚染による流産が社会問題になっていると知りました」

 大気汚染の原因は、首都ウランバートル郊外のゲル地区に住む貧困層が暖をとるために燃やすゴミなどから出る有害物質。PM2.5の濃度は、悪名高い中国・北京の10倍以上になる日もあった。

「貧困をなくそう、この国を豊かにしてやろう」と決意、安価のレザーに注目

「相棒のモンゴル人から“政府は何ら解決策を打ち出せない”と聞いて、謎の使命感が湧き起こりました。自分がモンゴルのためにビジネスを立ち上げ、少しでも国を豊かにして、この状況を変えようと思ったのです」

 モンゴルの根幹産業は資源の転売。鉱物やカシミヤ、薬草など豊富な自然資源があるが、いずれも加工して売る術がなく、諸外国に安く買い叩かれていた。「そこに付加価値を付けて売ればビジネスになる」と考えて、選んだのがモンゴルレザーだった。

「街の露店では革の財布が1つ数百円で売っていました。モンゴルでは革製品の原料となる牛革がものすごく安く手に入り、品質も革製品の本場イタリアに輸出できるほど高い。しかもモンゴル人の相棒が昔レザー事業をやっていて工房にツテがあるという。これだ!と思いました」

■いつかはモンゴルに一大レザー産業を

 しかし簡単にはいかなかった。まず職人が見つからない。紹介してもらって訪ねても「日本人は品質にうるさい割にたくさん買わない」などの理由で断られた。原料のなめし革も簡単には売ってもらえない。

 3カ月経ってようやく協力してくれる職人を見つけたが、ミシンで革が縫える程度。日本で教えてくれる職人を探したが、これも見つからない。

「仕方なく、うちの会社の若いスタッフを日本のレザークラフト教室に通わせ、3カ月みっちり特訓。モンゴルに連れてきて、“日本の技術を持った先生だ”とハッタリを言いながら、なんとか職人たちに教えました(笑い)」

 試行錯誤を繰り返し、納得のいく商品ができたのは1年後の2018年10月。手始めにクラウドファンディングをしたところ、予想以上に売れた。そこで、当面インターネットのみで販売することを決める。

「一等地に店を出すのではなく、ネットを使って自分たちの思いや商品に共感してくれるお客さんを地道に増やそう。デザインも前面にロゴを出したりせず、飽きがこないシンプルなものにしよう。すべて既存の革ブランドの真逆でいきました。それが結果的に、大量生産・大量消費へのアンチテーゼになると思ったからです」

 ネット販売を本格的に始めた2019年4月の売り上げは6万4800円。しかし、同年12月には840万円、その翌年には2000万円超、そして2021年末には3000万円弱と、着実に顧客を増やしている。

「当面の目標は月商1億円。いつかはモンゴルに一大レザー産業をつくりたいですね」

 モンゴルで人と環境に優しいビジネスの種を見つけた日本人社長のでっかい夢は始まったばかりだ。

(取材・文=いからしひろき)

▽戸田貴久(とだ・たかひさ)1990年、鳥取県鳥取市出身。岡山大学経済学部卒業後、鳥取銀行に入行。1年で退職し、東京のITベンチャー企業で下積みを経験。2015年1月にラズホールディングスを創業。17年にモンゴルに移住。経済格差や深刻な環境汚染を目の当たりにし、モンゴルの社会課題をビジネスで解決すべく、モンゴル製レザーブランド「HushTug(ハッシュタグ)」を立ち上げる。ネット販売のみだが、高品質・低価格が評判を呼び、21年度の売上高は、前期比約150%増の2億3460万円。なお、ハッシュ(英語で“静める”)タグ(同・強く引っ張る)というブランド名は、〈大量生産・大量消費を静め、次の時代のアパレル業界をリードする〉という意味。

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