奨学金バンク(アクティブアンドカンパニー) 大野順也社長(1)子供時代の小遣い制度で、“働いて稼ぐ”価値観を植え付けられた
「正の字の数が2週間に一度集計され、それに応じて小遣いが渡される仕組みでした」
働きによっては、2歳下の弟より小遣いが少ない時もあった。この経験で、お金とは働いて、その対価として受け取るものだという感覚が刻み込まれたという。
そんな金銭観を身につけた大野氏は、地元の県立西宮南高校に進んでからもアルバイトに精を出した。
「甲子園球場でジュース類の売り子をしました。いろいろ工夫して、当時の売り上げ歴代2位になりました」
高校野球の試合では1日に3万5000円稼いだこともあった。狙い目は、球児の父母会の役員だった。
「お客さんを観察していると、時々何百本まとめ買いする人がいる。しばらく見ていてそういうことかと気づきました」
一度役員と知り合いになれば、そのチームが勝ち進むたび、まとめ買いしてくれる。こんな創意工夫が、歴代2位の売り上げにつながったのだった。
若い頃から、時間が経たないとお金がもらえないという働き方は嫌いだと、大野氏は話す。


















