「雨の裾」古井由吉著

公開日: 更新日:

 高層階の窓から驟雨を眺めながら、初老の男が友人に向かって語りだす。まだ若いころ、梅雨時に母を亡くしたことを。

 母親との2人暮らしが長い息子は、病院に足しげく通い、母に付き添う。息子には付き合っている女がいた。頼んだわけでもないのに、女は毎日病院に現れて、病人の世話をするようになった。近づいてくる死と向かい合いながら、母と息子と女の間に密度のある時間が流れていく。

 表題作を含む8編を収めた短編小説集。

 金策に駆け回った長い一日の終わりに、警報機の鳴る踏切で、ただならぬものを目にした。とっさに男を後ろから羽交い締めにしていた。(「踏切り」)

 花の舞う坂道をおぼつかない足取りで上りながら、老人は、背後から列をなしてくる過去の自分を見ていた。(「春の坂道」)

 司法試験を目指して引きこもる三十路の男と、男をじっと支える女の密やかな日常。(「夜明けの枕」)

 雨の音、虫の鳴く声、スルメをあぶるにおい。西日の赤さ。老境の日常のこまやかな感覚が、深奥の記憶を呼び覚まし、過去と現在を行きつ戻りつ。老いと死の気配が濃く漂う。ゆっくり、じっくり読むほどに味わいは深くなる。(講談社 1700円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  3. 3

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 4

    阪神・大山を“逆シリーズ男”にしたソフトバンクの秘策…開幕前から丸裸、ようやく初安打・初打点

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    創価学会OB長井秀和氏が明かす芸能人チーム「芸術部」の正体…政界、芸能界で蠢く売れっ子たち

  2. 7

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  3. 8

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  4. 9

    大死闘のワールドシリーズにかすむ日本シリーズ「見る気しない」の声続出…日米頂上決戦めぐる彼我の差

  5. 10

    ソフトB柳田悠岐が明かす阪神・佐藤輝明の“最大の武器”…「自分より全然上ですよ」