著者のコラム一覧
太田治子作家

1947年生まれ。「心映えの記」で第1回坪田譲治文学賞受賞(86年)、近著に「星はらはらと 二葉亭四迷の明治」(中日新聞社)がある。

「今」がいつも一番幸せな季節

公開日: 更新日:

「98歳。心して『一人』を楽しく生きる」吉沢久子著 海竜社 1400円+税

 1918年生まれの吉沢久子さんは、もうすぐ100歳になられる。この30年来、ずっと一人暮らしを続けていらして、その折々の事柄を柔らかなエッセーに書き続けておいでである。吉沢さんに初めてお目にかかったとき、私は母を失って間もなかった。母の思い出ばかりを書きつづっていた私に、母と年の変わらない吉沢さんは笑顔でこう励ましてくださった。

「これからは前を向いて歩きましょう」

 吉沢さんも、夫君が亡くなられてそんなに月日が経っていないときだった。評論家の夫君がお元気なころから、吉沢さんはわずかな一人の時間を大切にされていた。

 帯には「百年近く生きてきて、今が一番しあわせな季節」とある。そうだわ、吉沢さんは戦争中などを除いて、いつも今が一番、そう思って生きていらしたのだわと、あの満面の笑みを思い浮かべながらうなずいてしまう。長生きの秘訣は、その明るさにある。それから、衰えることのない食欲にもあるのだった。

 この本を読んでいると、おいしいものの話が何よりも生き生きとつづられているところに、思わずにっこりせずにはいられない。吉沢さんは、自分の家でしか食べられないものは、何とか作り続けたいと思っている。そのひとつが大根めし。まずは、千切り大根を炊きこんだごはんに、アツアツの一番だしをかけて、白髪葱、針生姜、もみ海苔などの薬味をのせてという作り方に、これなら我が家でもできそうとうれしくなる。

 寒い時期には、たっぷりの牛乳を使って牛乳粥が続くという。卵焼きやさつま芋、青菜など少量ずつでもいろいろ入れる。これも、おいしそう。本には出てこなかったが、吉沢さんは豚しゃぶを欠かさないと、いつか教えてくださった。おいしかった杏の種を庭に埋めておいたところ、今は2メートル近い大木になったという。春になると、木はピンクの花で満開になる。花の下の笑顔の吉沢さんを思うと、それは明るい心になるのだった。

【連載】生き生きと暮らす人生読本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松井秀喜氏タジタジ、岡本和真も困惑…長嶋茂雄さん追悼試合のウラで巨人重鎮OBが“異例の要請”

  2. 2

    7代目になってもカネのうまみがない山口組

  3. 3

    巨人・田中将大と“魔改造コーチ”の間に微妙な空気…甘言ささやく桑田二軍監督へ乗り換えていた

  4. 4

    福山雅治のフジ「不適切会合」出席が発覚! “男性有力出演者”疑惑浮上もスルーされ続けていたワケ

  5. 5

    打者にとって藤浪晋太郎ほど嫌な投手はいない。本人はもちろん、ベンチがそう割り切れるか

  1. 6

    文春が報じた中居正広「性暴力」の全貌…守秘義務の情報がなぜこうも都合よく漏れるのか?

  2. 7

    DeNA藤浪晋太郎がマウンド外で大炎上!中日関係者が激怒した“意固地”は筋金入り

  3. 8

    収束不可能な「広陵事件」の大炎上には正直、苛立ちに近い感情さえ覚えます

  4. 9

    横浜・村田監督が3年前のパワハラ騒動を語る「選手が『気にしないで行きましょう』と…」

  5. 10

    吉村府知事肝いり「副首都構想」に陰り…大阪万博“帰宅困難問題”への場当たり対応で露呈した大甘な危機管理