だしの効いた近江料理の多彩さ

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「東京近江寮食堂」渡辺淳子著/光文社文庫 660円+税

 今は亡き小田実が、その昔〈コンパラティブ・ウドノロジー〉というのを提唱したことがある。関西の昆布だしの効いた薄い色のうどんのつゆと、関東の鰹だしの濃い色のつゆとの違いを東海道に沿って比較しようというもの。関西から初めて東京にやってきた人がそばやうどんを頼み、出てきたつゆの色を見て驚くというのはよく聞く話だ。本書の主人公、滋賀県生まれの妙子も、東京のそば屋へ入って「噂にたがわぬ色の濃いつけ汁」に思わず目を見張る。

【あらすじ】妙子の夫・秀一は料理人で、近江料理の店を開くのが長年の夢だった。ようやく開業にこぎ着けたが、経営がうまくいかずやむなく閉店。秀一はいくつかの店に勤めるが長続きせず、2人の仲が微妙になっていたある日、忽然と姿を消す。それから10年、秀一から「ごぶさたしています お元気ですか」と書かれたはがきが届いた。

 名前も住所もなかったが、夫に間違いない。妙子は消印を頼りに上京するが、運の悪いことに財布を落としてしまう。途方に暮れているところに飛び込んできたのが「滋賀県公認宿泊施設 東京近江寮」という看板。寮の管理責任者・安江に助けられ、妙子は常連客たちの食事の世話をするようになる。

 こうして始まった「東京近江寮食堂」は、妙子の素朴で手間暇かけた料理が評判となり、外国人旅行客も訪れるようになり、その噂は秀一の元にも――。

【読みどころ】本書で重要な役割を果たすのが“だし”。妙子の料理が人気があるのは丁寧なだしの引き方によるものだし、夫とのつながりが、だしによって確かめられる。また味覚障害に陥っている寮の常連の恋人を救ったのも妙子の昆布だしだ。そのだしを利かせた近江料理の多彩さに触れられるのもありがたい。

<石>

【連載】文庫で読む 食べ物をめぐる物語

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