著者のコラム一覧
笠井潔

1948年、東京生まれ。79年、デビュー作「バイバイ、エンジェル」で角川小説賞受賞。以後、ミステリー、思想評論、探偵小説論など幅広い分野で活躍。主な著書に、「サマー・アポカリプス」他の矢吹駆シリーズ、伝奇ロマン「ヴァンパイヤー戦争」シリーズなど。

歴史修正主義の発生と増殖の秘密を解明

公開日: 更新日:

「歴史修正主義とサブカルチャー」倉橋耕平著/青弓社 1600円+税

 冷戦が終結した1990年代の日本では「新しい歴史教科書をつくる会」の発足や、小林よしのり「戦争論」のベストセラー化など、日米戦争の意義や「従軍慰安婦」と南京虐殺事件の有無などを焦点とした歴史修正主義が目立ちはじめた。

 四半世紀後の今日、安倍内閣の閣僚のほとんどが日本会議に在籍する歴史修正主義者である。また、ネットには反韓反中の書き込みがあふれ、ネット右翼の一部は街頭にまで進出してきた。90年代を起点とする流れは、いまや巨大な奔流と化している。

 その主張が歴史学的な定説に反していることは自明であるのに、専門家による批判を無視黙殺し、歴史修正主義の影響力は急速に拡大してきた。いったい、どうしてなのか。こうした謎に迫るには主張の内容的な誤りの指摘よりも、その発生と増殖をめぐるメディア論的な形態面の解明が必要なのではないか。

 こうした立場から本書では、保守論壇誌というメディア、「ディベート」の流行、「慰安婦」問題とマンガ、「性奴隷」をめぐる朝日攻撃の意味するところなどが論じられる。歴史修正主義的な知のアマチュアリズムと参加型文化、政治言説の商業化とサブカルチャー化、朝日対産経に典型的なメディア市場の対立と緊張など、1990年代の諸問題を検討した上で著者は、「自らの枠組みにそぐわない事実を否定し、対立する議論を相対化し、サブカルチャーや商業メディアで持論を共有・拡散し、党派性を保持する」自己循環的な文化システムとして、歴史修正主義の発生と増殖の秘密を解き明かしていく。

 排外主義が自己正当化する根拠としての歴史修正主義に、厳密な学問的批判は効果が薄い。彼らは真実をめぐるアカデミックなゲームとは違うルールの、別種のゲームを試みているからだ。では、どうすればいいのか。残念ながら即効性の対抗策は見当たらない、考えるしかないというのが著者の結論のようだ。

【連載】貧困と右傾化の現場から

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    日本は強い国か…「障害者年金」を半分に減額とは

  2. 2

    SBI新生銀が「貯金量107兆円」のJAグループマネーにリーチ…農林中金と資本提携し再上場へ

  3. 3

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  4. 4

    「おこめ券」でJAはボロ儲け? 国民から「いらない!」とブーイングでも鈴木農相が執着するワケ

  5. 5

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  1. 6

    侍Jで加速する「チーム大谷」…国内組で浮上する“後方支援”要員の投打ベテラン

  2. 7

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ

  3. 8

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    高市政権の物価高対策「自治体が自由に使える=丸投げ」に大ブーイング…ネットでも「おこめ券はいらない!」