「男のファッションはボクが描いてきた STYLE 1979-2018」綿谷寛著

公開日: 更新日:

 男性なら、著者の名に覚えはなくとも、そのイラストはどこかで目にしたことがあるはず。メンズファッションイラストレーターという呼称などない時代から、その道を切り開き、極めた著者の40年に及ぶ画業を集大成した作品集だ。

 一分の隙もないモーニングをはじめ、鮮やかなロイヤルブルーのベストがポイントのスーツなど王道な装いから、ブルゾンの原点ともいわれるバラクータ「G―9」に同系色のオフホワイトの綿のパンツを合わせて、足元はスエードのチャッカブーツで決めたスティーブ・マックイーン似の男性や、フライフィッシングに興じる男性などのオフタイムのカジュアルな装いまで、英国紳士風の様式とディテールにこだわったお洒落をテーマにした作品が並ぶ。

 中には、国内の有名なバーを巡ってそこで憩う男性たちを描いたシリーズや、ワードローブからその日の装いを選ぶガウン姿の男性や、美女と車(アストンマーチン)と一緒に007並みのいい男を描く老舗テーラーの広告シリーズなどもある。

 どの作品も、一枚のイラストの中に、洋服だけでなく、身に着けているアクセサリーや小道具、そして車など、トータルなライフスタイルとしてのファッションが物語のように描かれているので、読者は作品を通して、そこに描かれる男たちの人生そのものに憧れ、近づこうとしてきた。

 師でもあるイラストレーターの穂積和夫氏は著者の作品を「古き良き時代の風俗によって展開されるちょっとした日常のドラマを、さりげなく物語るシャレた筆致は、まさに日本のノーマン・ロックウェルと呼ぶにふさわしい名人芸といえる」と評価する。



 その著者の真骨頂ともいえるのが1950年代のアメリカン・イラストレーションを彷彿とさせる作品群だろう。

 映画「アメリカン・グラフィティ」に登場するようなアメ車と若者、そしてローラースケートを履いて注文のハンバーガーを届けるウエートレスというダイナーの風景、クリスマスの恋人たち、そして仕事から戻った父親を家族全員で出迎えたり、休日に家のペンキ塗りやバーベキューを楽しむ家族の情景など。

 誰もが憧れを抱いたかつてのアメリカの日常や風俗が、お洒落に描かれる。

 著者は、こうした格調高いイラストの一方で、自ら体を張って漫画風のルポも手掛ける。勝手に持ち出した奥さんの洋服とかつらで、コンサバ風の女装をして深夜の怪しいアンダーグラウンドパーティーに潜入して「貞操」の危機に陥ったエピソードなど、普段のダンディーな姿とのギャップがまた楽しい。

 その人のお洒落レベルが分かるという重要なアイテムの「ソックス」のずり落ちを解消する「ソックスガーター」や、スコットランドの伝統舞踏靴「ギリーブローグ」をパーティー靴として履きこなすなど。氏のイラストでお洒落について多くのことを学んだ読者も多いはず。

 まさに氏の作品は、知らない世界を開いてくれるお洒落の教科書的な存在であった。

(小学館 2700円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    日本球界今オフを襲うポスティング地獄…“予備軍”もゴロゴロ、空洞化ますます加速

    日本球界今オフを襲うポスティング地獄…“予備軍”もゴロゴロ、空洞化ますます加速

  2. 2
    佐々木朗希とのただならぬ関係…陰で糸引く「黒幕」は大船渡高時代の韓国遠征まで追いかけた

    佐々木朗希とのただならぬ関係…陰で糸引く「黒幕」は大船渡高時代の韓国遠征まで追いかけた

  3. 3
    ついに国民年金65歳まで納付案が…政府がヒタ隠す「年金積立金250兆円」という都合の悪い真実

    ついに国民年金65歳まで納付案が…政府がヒタ隠す「年金積立金250兆円」という都合の悪い真実

  4. 4
    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

  5. 5
    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

  1. 6
    「白鵬の弟子」押し付け合い勃発! あちこちから聞こえる師匠譲りの不穏な評判

    「白鵬の弟子」押し付け合い勃発! あちこちから聞こえる師匠譲りの不穏な評判

  2. 7
    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  3. 8
    キムタク主演ドラマがまさかの1ケタ…“考察”慣れしすぎて王道スポ根が楽しめない?

    キムタク主演ドラマがまさかの1ケタ…“考察”慣れしすぎて王道スポ根が楽しめない?

  4. 9
    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

  5. 10
    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異

    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異