堀井憲一郎
著者のコラム一覧
堀井憲一郎

1958年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。徹底的な調査をベースにコラムをまとめる手法で人気を博し、週刊誌ほかテレビ・ラジオでも活躍。著書に「若者殺しの時代」「かつて誰も調べなかった100の謎」「1971年の悪霊」など多数。

「だから殺せなかった」一本木透著

公開日: 更新日:

 鮎川哲也賞の優秀賞を受賞した小説である。

 犯罪に巻き込まれた人、関わった人たちをしっかり追う物語である。それぞれの人生を追う形で一気に読み進んでしまう。謎解きをメインにした本格派ではない分、まさに「小説」を読んだ気分になれる。

 そうか、小説って、自分では経験しなかった人生を歩んだ気分にさせてくれるものだったんだ、と思い出してしまう。そこが、いい。

 舞台は新聞社である。主人公はベテランの新聞記者。

 驚くのは、その新聞社内部についての描写だ。徹底して調べて書かれている。「販売」や「広告」と記事を書く記者たちとの関係から、「1秒に25部ペースで印刷する高速輪転機」の描写まで、圧倒的な迫力とリアリティーで描き切る。ちなみに「新聞1部の文字量は、文庫本1冊に相当する」そうである。へえ、そうなのかと感心してしまった。

 またインターネット時代、どんどん売れなくなっている新聞経営についても鋭く切り込んでいく。この物語の連続殺人事件の犯人は、犯行声明文を新聞社に送り、記者との討論を呼びかけ、それが反響を呼ぶ。

 この動きに対して、殺人事件であるにもかかわらず、新聞社が利益のために動くさまが実にリアルに描き出されている。これも鋭い調査のもたらしたものだろう。

 登場人物の関係は終盤に入ると緊迫の度合いを高める。「因果応報」というキーワードが効いてくる。幕末から明治の落語の大名人、三遊亭圓朝の落語作品を読んでいる気分になった。ここまでの「因縁」はなかなか書けるものではない。

 犯人推理のスリリングさに加え、懸命に自分の人生を生きている人たちの姿が迫り、また徹底的に調べた「新聞の世界」を通して、今の社会もあぶりだしている。意欲的な試みがすべて功を奏した作品である。

 そして、ひとことで魅力を言うなら「読んでおもしろい」小説である。(東京創元社 1800円+税)



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