著者のコラム一覧
堀井憲一郎

1958年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。徹底的な調査をベースにコラムをまとめる手法で人気を博し、週刊誌ほかテレビ・ラジオでも活躍。著書に「若者殺しの時代」「かつて誰も調べなかった100の謎」「1971年の悪霊」など多数。

「三条実美 維新政権の『有徳の為政者』」内藤一成著

公開日: 更新日:

 幕末・明治に活躍した貴族「三条実美」の伝記である。

 その名はもちろん知ってはいるが、彼の生涯をまとめて振り返った書物を読むのは初めてだった。家格の高い貴族の出身であり、倒幕勢力によって「担ぎ上げられた貴族」というイメージが強かった。明治新政府では太政大臣を務めていたが、司馬遼太郎の小説などによりたぶんにお飾り的存在だと思っていた。

 しかし、そんなヤワな貴族ではなかった、ということが本書では語られる。穏やかな性格ながらも芯を通す強い人間であった。

 幕末に革命派の貴族として京都を追放され、長州から太宰府へ流されたことがある。そこでも革命家と接触を続け、幕府からの移転命令に際しては、ついにその場での死も覚悟していた背景が描かれている。

 専門家による研究書でもあるので、調査は実に緻密である。当たり前だが。

 京都の天皇から江戸城の将軍への使いが送られる折、かつては将軍が上段に座り、使いの者は下段に伏してから上段に上って勅命を述べていたが、文久3年11月に三条実美が使いになった時、三条は最初から上段に座ったという。

 これが朝廷優位へとなっていく出来事のひとつなのだが、その細かい描写にはただただ驚く。

 明治政府になっても、元貴族でありながら三条実美は大久保利通、伊藤博文らの開明派の後ろ盾となり、「太陽暦を元の暦に戻せ、洋服を廃止しろ」と主張する旧勢力(トップは左大臣の島津久光ら)からの主張を阻止する先頭に立っていた。この人は貴族なのに開明派だったのだ。とてもすてきである。

 三条が危篤となった時、明治帝は驚き、ごくわずかの近習だけを伴ってその屋敷に赴き生前に正一位を授けたという。生涯を描いた当書を読み、幕末明治の動乱期の物語としてより、自分を律して生き抜いたひとりの男性の生涯に付き添った気分になり、胸をつかれた。新書の伝記を読んで泣きそうになったのは初めてのことである。

(中央公論新社 840円+税)

【連載】ホリケン調査隊が行く ちゃんと調べてある本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    名球会入り条件「200勝投手」は絶滅危機…巨人・田中将大でもプロ19年で四苦八苦

  2. 2

    永野芽郁に貼られた「悪女」のレッテル…共演者キラー超えて、今後は“共演NG”続出不可避

  3. 3

    落合監督は投手起用に一切ノータッチ。全面的に任せられたオレはやりがいと緊張感があった

  4. 4

    07年日本S、落合監督とオレが完全試合継続中の山井を八回で降板させた本当の理由(上)

  5. 5

    巨人キャベッジが“舐めプ”から一転…阿部監督ブチギレで襟を正した本当の理由

  1. 6

    今思えばあの時から…落合博満さんが“秘密主義”になったワケ

  2. 7

    巨人・田中将大が好投しても勝てないワケ…“天敵”がズバリ指摘「全然悪くない。ただ…」

  3. 8

    高市早苗氏が必死のイメチェン!「裏金議員隠し」と「ほんわかメーク」で打倒進次郎氏にメラメラ

  4. 9

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性

  5. 10

    三角関係報道で蘇った坂口健太郎の"超マメ男"ぶり 永野芽郁を虜…高畑充希の誕生日に手渡した大きな花束