北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「駒音高く」佐川光晴著

公開日: 更新日:

 将棋小説である。将棋会館の清掃員を描く短編もあれば、引退間際の棋士を描く作品もある。将棋にまつわる人々の話を7編収録した作品集だ。

 将棋観戦記者を描く第6話「敗着さん」をはじめとして興味深い世界を描く短編が少なくないが、第3話「それでも、将棋が好きだ」が強い印象を残している。

 それは敗れていく者を描いているからだ。どの世界でも同じだとは思うが、将棋の世界もまた厳しく、誰もが棋士になれるわけではない。奨励会の試験に受かっても途中で断念していく者が少なくないほど、その道はとても険しい。第3話の主人公祐也は、その奨励会の試験にも受からないのだ。年下の子供が軽々と自分を追い抜いていく屈辱、焦っても焦っても勝てないことの苛立ち。そしてとうとうプロ入りを断念するのだが、そのときの祐也がまだ中学1年であることに留意。そんな年で、思い描いていた自分の未来を諦めなければならない、というのはつらい。いつかは断念しなければならないのだろうが、その年齢で諦めるのはつらい。将棋の世界はそのくらい厳しいということだ。

 しかし祐也には、世間の誰もが感心したり、褒めそやしたりする能力だけが人間の可能性ではない、と言い、「2年と2カ月、よくがんばった。今日までひとりで苦しませて、申しわけなかった」と謝る父がいる。家族がいる。君の未来は大丈夫だ、と励ましたくなってくる。

(実業之日本社 1700円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

  2. 2
    「ダルよりすごい」ムキムキボディーに球団職員が仰天!プロ3、4年目で中田翔より打球を飛ばした

    「ダルよりすごい」ムキムキボディーに球団職員が仰天!プロ3、4年目で中田翔より打球を飛ばした

  3. 3
    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

  4. 4
    22年は尻回りが推定1.5倍に増大、投げても打ってもMLBトップクラスの数値を量産した

    22年は尻回りが推定1.5倍に増大、投げても打ってもMLBトップクラスの数値を量産した

  5. 5
    若林志穂が語った昭和芸能界の暗部…大物ミュージシャン以外からの性被害も続々告白の衝撃

    若林志穂が語った昭和芸能界の暗部…大物ミュージシャン以外からの性被害も続々告白の衝撃

  1. 6
    橋下徹氏&吉村知事もう破れかぶれ?万博の赤字に初言及「大阪市・府で負担」の言いたい放題

    橋下徹氏&吉村知事もう破れかぶれ?万博の赤字に初言及「大阪市・府で負担」の言いたい放題

  2. 7
    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

  3. 8
    大谷の2023年は「打って投げて休みなし」…体が悲鳴を上げ、右肘靭帯がパンクした

    大谷の2023年は「打って投げて休みなし」…体が悲鳴を上げ、右肘靭帯がパンクした

  4. 9
    「横浜愛」貫いた筒香嘉智 巨人決定的報道後に「ベイスターズに戻ることに決めました」と報告された

    「横浜愛」貫いた筒香嘉智 巨人決定的報道後に「ベイスターズに戻ることに決めました」と報告された

  5. 10
    河野太郎大臣「私は関わっておりません」 コロナワクチン集団訴訟で責任問う声にXで回答…賛否飛び交う

    河野太郎大臣「私は関わっておりません」 コロナワクチン集団訴訟で責任問う声にXで回答…賛否飛び交う