「アスペルガー医師とナチス」エディス・シェファー著 山田美明訳

公開日: 更新日:

 ハンス・アスペルガーは、オーストリアの児童精神医学者。発達障害のひとつとされるアスペルガー症候群は、この人にちなんで名づけられた。自閉症研究に大きな功績を残したとされるアスペルガーが、実はナチス・ドイツの協力者であり、結果的に児童安楽死プログラムに加担したことを立証しようと試みた衝撃のドキュメンタリー。

 アスペルガーは1906年、ウィーンに近い農村で生まれ、ウィーン大学で医学を学んだ。第1次大戦後の激動する時代に、かのフロイトも活躍したウィーンで、アスペルガーは「自閉的精神病質」に関する研究に没頭する。

 当時、対人関係やコミュニケーション障害など、社会的な問題を抱えた子どもを表現する手段として自閉症という言葉が使われるようになっていたが、アスペルガーはこうした症状を病気と考えることに反対していた。

 しかし、38年にナチス・ドイツがオーストリアを支配すると、アスペルガーは時代にのみ込まれるように変貌していく。ナチス児童精神医学を主導する先輩医師に従い、社会的逸脱がみられる子どもを精神病質とみなすに至った。アスペルガーに限らず児童精神科医たちは、「ドイツ民族の浄化」を唱えるナチスのイデオロギーに基づいて診断を行うようになっていく。その結果、矯正不能と診断された子どもは特別の施設に隔離され、安楽死させられた。

 果たしてアスペルガーは有罪なのか。中央ヨーロッパ史の研究者である著者は、多くの資料を掘り起こし、検証した。そして、積極的に協力はしなかったものの、反対しなかったことで一定の加担をしていたと断じる。科学者は時代の価値観から逃れられない。近年注目されている自閉症スペクトラムの概念成立の背景に、恐ろしい歴史的事実があったことを明らかにし、精神医学は慎重であるべきだと訴えている。

(光文社 1900円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  4. 4

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  2. 7

    維新・藤田共同代表にも「政治とカネ」問題が直撃! 公設秘書への公金2000万円還流疑惑

  3. 8

    35年前の大阪花博の巨大な塔&中国庭園は廃墟同然…「鶴見緑地」を歩いて考えたレガシーのあり方

  4. 9

    米国が「サナエノミクス」にNO! 日銀に「利上げするな」と圧力かける高市政権に強力牽制

  5. 10

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性