「あなたに似た人 新訳版 Ⅰ」所収 「味」ロアルド・ダール著、田口俊樹訳

公開日: 更新日:

 吉行淳之介との対談(「美酒について」)の中で、開高健はこのダールの短編は「取材費が注ぎ込んであるという印象やね」といっている。そう、この作品にはワインの味を表現するのに多彩な言葉が繰り出されていて、そこまでこと細かく描写するには、ダール自身、相当数の高価なワインを飲んだにちがいない。

【あらすじ】舞台はロンドンのマイク・スコフィールド邸の晩餐会。マイクは株の仲買人で、労せずして大金を稼いでいることにどこかしら後ろめたく思っている。

 一方のリチャード・プラットは、名の知れたグルメ。大のワイン愛好家で、「これは気さくなワインだ。善意があって陽気だ」と、ワインのことをまるで生きもののように評する。プラットにかかると、一口味わっただけでその産地からどこのブドウ園でつくられたものかまでたちどころに当てられてしまう。マイクもプラットに何度か挑戦したが、そのたびに苦杯をなめていた。

 ところが今夜のマイクはなぜか自信満々で、プラットが望むものをなんでも賭けていいと申し出る。プラットが要求したのは、マイクの娘ルイーズとの結婚だった。これにはマイクも臆したものの、絶対の自信ゆえか、この賭けを受けることに。プラットはワインを口に含むと、まずボルドーのメドック地区のものだろうと推測し、さらに細かく絞り込んでいく。最初は余裕気味だったマイクは徐々に顔の色を失っていく……。

【読みどころ】最後にあっというドンデン返しが待ち受けているわけだが、この作品の醍醐味はやはり、プラットのワインを評する言葉の巧みさだ。紋切り型の表現でお茶を濁しているテレビの食リポーターには、ぜひとも一読してもらいたい。 <石>

(早川書房 760円+税)

【連載】酒をめぐる物語

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    横浜・村田監督が3年前のパワハラ騒動を語る「選手が『気にしないで行きましょう』と…」

  2. 2

    文春が報じた中居正広「性暴力」の全貌…守秘義務の情報がなぜこうも都合よく漏れるのか?

  3. 3

    大の里&豊昇龍は“金星の使者”…両横綱の体たらくで出費かさみ相撲協会は戦々恐々

  4. 4

    渡邊渚“初グラビア写真集”で「ひしゃげたバスト」大胆披露…評論家も思わず凝視

  5. 5

    5億円豪邸も…岡田准一は“マスオさん状態”になる可能性

  1. 6

    カミソリをのみ込んだようなのどの痛み…新型コロナ「ニンバス」感染拡大は“警戒感の薄れ”も要因と専門家

  2. 7

    萩生田光一氏に問われる「出処進退」のブーメラン…自民裏金事件で政策秘書が略式起訴「罰金30万円」

  3. 8

    さらなる地獄だったあの日々、痛みを訴えた脇の下のビー玉サイズのシコリをギュッと握りつぶされて…

  4. 9

    参政党・梅村みずほ議員の“怖すぎる”言論弾圧…「西麻布の母」名乗るX匿名アカに訴訟チラつかせ口封じ

  5. 10

    辻希美“2億円豪邸”お引っ越しで「ご近所トラブル」卒業 新居はすでに近隣ママの名所