北上次郎
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北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「妻の終活」坂井希久子著

公開日: 更新日:

 一ノ瀬廉太郎はいつも威張っている。特に妻の杏子に対しては横暴だ。たとえば杏子が病院に一緒に行ってくれませんかと言っても、そんなに急に仕事を休めるわけがないだろ、と相手にしない。「仕事と言ったって、嘱託じゃありませんか」と妻が言うと、「仕事は仕事だ! ろくすっぽ働いたことのないおまえにはわからんだろう。バカにするな!」と怒りだすのだ。

 廉太郎は70歳、杏子は2つ下。結婚して42年の夫婦である。2人の娘は家を出ているが、横暴な父に対してずっと批判的だが、この男はまったく気にしていない。

 ところが、妻の杏子が余命1年を宣告されるのである。それまで家事のことなど何もしたことがないので、私が死んだら大丈夫だろうかと杏子は心配する。そこで洗濯機の使い方など、ひとつずつ教えようとするのだが、頑迷で超保守的で、自分勝手な廉太郎は、習得するのに時間がかかって、なかなか前に進まない。それに、妻が余命1年と宣告されたことにショックを受けたものの、そこまでの長い人生で培ってきた考え方(つまり、男は家事なんてするもんじゃないという考え方だ)を、そう簡単には変更できない。妻への感謝の気持ちはあるのだが、それもうまく伝えられない。大丈夫か廉太郎。

 なんだか他人事のような気がしない。息をのむようにその後の展開を見守るのである。老年男性は必読の書だ。

(祥伝社 1400円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

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