肩を寄せ合うアパートでの差し迫った人間劇

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「シリアにて」

 いまから10年前の年末、ひとりの露天商の焼身自殺をきっかけにチュニジア全土で起こった反政府デモ。そこから始まったとされる「アラブの春」を、いまどれほどの人が覚えているだろう。

 その後、デモは中東各地に広まり、支配体制は次々倒れたが、「春」は訪れず、わけてもシリア内戦は膨大な難民を出して欧州政治まで混乱に陥れることになった。

 そんなシリアの戦時下を描くのが来月22日に都内封切り予定の「シリアにて」だ。

 首都ダマスカスのアパートに住む一家。育ち盛りの3人の子の母オームは、同居する義父のほか、アパートの若い隣人夫婦をも支えて生きている。若夫婦は乳飲み子を連れてベイルートへの脱出をもくろんでいるが、状況は亡命すら安易には許さない。一見なにごともなくても、銃弾はいつどこから飛んでくるのかわからないからだ。女・幼・老が肩を寄せ合うアパートは戦火からかろうじて身を守る小さなシェルターなのだ。

 ベルギー出身のフィリップ・ヴァン・レウ監督は政治的メッセージをほとんど交えず、戦闘場面を描くこともなく、音声とセリフと室内の場景だけで差し迫った人間劇を描く。それだけで自然と、見る者の思いは「なぜこんなにも悲惨な内戦を」という疑問に及ばざるを得なくなる。

 実は「アラブの春」でメディアばかりか中東の専門家たちでさえ「大変動」を予感する中、シリアの専門家だけは妙に冷静だった。酒井啓子編「〈アラブ大変動〉を読む」(東京外国語大学出版会 1500円+税)はチュニジアとエジプトの政変直後の11年3月に急きょ開かれたシンポジウムをもとにした論集。その中でシリア編を担当した青山弘之氏はひとり、シリアの現体制がいわゆる「独裁」とは少し違うことを指摘していた。

 いま読むと改めて納得することの多い専門書である。 <生井英考>

【連載】シネマの本棚

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