「万葉ポピュリズムを斬る」品田悦一氏

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 新年号が「令和」と決まった時、著者の文章がツイッターで拡散された。年号の典拠となった「万葉集」の解釈を巡り、政権を舌鋒鋭く批判したものだった。

 本書は話題となったその文書に加え、我々が今、「万葉集」から受け取るべき真のメッセージを伝える一冊だ。

「『万葉集』には天皇や皇族・貴族だけでなく、防人や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められていると、安倍さんの談話にありました。しかし、『万葉集』に庶民の歌なんてないというのが、学会では常識です。高校の教科書もこうした記述を避けている。私だけでなく、先人の研究の積み重ねによって、学会や教育界に受け入れられている常識なのに、安倍さんやその周りの人々は不勉強だなと思いましたね」

 庶民の歌として挙げられる防人の歌や東歌が、実は、特権階級によってつくられた歌であったことを、著者はひもといていく。つまり「天皇から庶民まで」は人為的につくられた幻想だったことを暴いていくわけだが、なぜこの幻想が必要だったのか。実は近代日本において、国民的一体感を醸成する必要があったからだという。

 戦前、国威発揚・戦意高揚を担う国策の下、「万葉集」は「古事記」「日本書紀」と並ぶ軍国主義の聖典に祭り上げられてきた。たとえば国民歌に指定された「海行かば」(巻18・4094)は、あまりにも有名だろう。

「この歌が戦争遂行に利用されたことはよく知られているし、多くの学者が指摘していますが、私が強調したいのは、戦後もまた、それが続いたことなんです。戦争直後は、『万葉集』なんてもういらないという人もいたんですが、1950年代には見事に復活します。こんな美しい文化を生み出した国なのだから、戦争には負けたけれど自信を持とうと。戦争でズタズタになった日本人の自尊心を回復するために、『万葉集』が再び利用されたのです」

 とかくナショナリズムを喚起する装置にされてきた「万葉集」。そのきな臭さを指摘すると同時に著者が明らかにするのは、万葉集には反権力のメッセージが込められていることだ。「令和」の典拠になった、大伴旅人の「梅花歌」序を読み解いていくくだりは、実にスリリングだ。

「大伴旅人だって権力者だったじゃないかと、いちゃもんをつける人はいます。『万葉集』が大伴氏側の歴史観で編まれている歌集といえばそうなのだけれど、テキスト全体として読むと、旅人の、時の権力者への憎悪や敵愾心が読み解けるということです」

 また「万葉集」はその成り立ちからして、“国”という小さな枠に閉じることのないテキストでもあると指摘する。

「『万葉集』を編んだ人たちは、これが国民的な歌集だなんて全く思っていなかった。国民という概念がなかったわけですから。それどころか、世界の文芸、世界の歌を収めているという世界観で編まれています。当時の世界というのは、中国、朝鮮半島、インド、ベトナム辺りまでを含めたアジアを指しますが、アジア全体の知を引き受けて、それを大和歌で表現したものが『万葉集』。だから世界が詰まっているんです」

 本書には「万葉集」の歌や、下敷きにしている中国の古典をわかりやすく解説。読み進めるうちに、国民歌集などではなく、“開かれた”テキストであることこそが「万葉集」の魅力であり真価であることを実感するだろう。

「今はコロナ禍で、国境を超えて発信し、共生していくことを真剣に考えるいい機会です。この本に書いた『万葉集』のメッセージは、図らずも、時宜にかなったと思っています」

(講談社 1800円+税)

▽しなだ・よしかず 1959年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得修了。聖心女子大学文学部教授などを経て現在、東京大学教授(大学院総合文化研究科)。著書に「万葉集の発明 国民国家と文化装置としての古典」(上代文学会賞)、「斎藤茂吉 あかあかと一本の道とほりたり」(斎藤茂吉短歌文学賞、日本歌人クラブ評論賞)ほか多数。

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