著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「魂手形」 宮部みゆき著

公開日: 更新日:

 第2話「一途の念」のなかに、串団子の屋台を営むおみよが富次郎を訪ねてきて、畳に指をついて頭を下げるシーンがある。手土産の団子のお礼を言われたので、おみよが思わず「お恥ずかしゅうございます」と言う場面だ。その慣れない丁寧言葉が可愛らしかったので、富次郎と古参女中のおしまが顔を見合わせるというなんでもないシーンだが、ここで熱いものが突然こみ上げてきた。まだ、おみよの人生の話を聞く前であるのに、どうして悲しくなったのか、自分でもわからない。本当に、ぐっとくる場面はその少しあとに出てくるが、それより前なのだ。宮部みゆきの魔法としか言いようがない。

 毎回ゲストを呼んで変わった話を聞くというシリーズの最新作で、本書はその第7作だが、このシリーズはどこから読んでも大丈夫なので安心して手に取られたい。話の聞き手が前作から代わったこと、巻によって「深刻な話」と「ほっこりした話」が交互につづられること。その2点を頭に置くだけでいい。今回は「ほっこりした話」だ。3編をおさめているが、いちばん長いのが表題作で、ここに登場する体の大きな女性お竹のキャラがいい。

 ひとつだけ書いておきたいのは、「ほっこりした話」だからといって、ベタ甘のハッピーエンド話というわけではないことだ。悲しくつらく、やるせない話である。ただ、そういうことに負けない強い感情が底に眠っているから、元気が出てくるのである。

(KADOKAWA 1760円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  2. 2

    マエケンは「田中将大を反面教師に」…巨人とヤクルトを蹴って楽天入りの深層

  3. 3

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  4. 4

    SBI新生銀が「貯金量107兆円」のJAグループマネーにリーチ…農林中金と資本提携し再上場へ

  5. 5

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  1. 6

    陰謀論もここまで? 美智子上皇后様をめぐりXで怪しい主張相次ぐ

  2. 7

    白木彩奈は“あの頃のガッキー”にも通じる輝きを放つ

  3. 8

    渋野日向子の今季米ツアー獲得賞金「約6933万円」の衝撃…23試合でトップ10入りたった1回

  4. 9

    12.2保険証全面切り替えで「いったん10割負担」が激増! 血税溶かすマイナトラブル“無間地獄”の愚

  5. 10

    日本相撲協会・八角理事長に聞く 貴景勝はなぜ横綱になれない? 貴乃花の元弟子だから?