著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「日々翻訳ざんげ」田口俊樹著

公開日: 更新日:

 奇書である。「エンタメ翻訳この四十年」という副題の付いた本で、つまりはエンタメ翻訳の第一人者がこれまでの仕事を振り返る自伝である。その道で成功した人の自伝ならば、どこかに自慢話が潜むものだが、なんとこの本、そういう箇所がひとつもない。では、何が書かれているのか。自分がいかに誤訳をしてきたのか、その懺悔の記録なのである。

 たとえば、1980年にローレンス・ブロック「泥棒は選べない」を訳したとき、主人公が「ブルーミングデールズ」の買い物袋を持って歩いているシーンがあったが、この「ブルーミングデールズ」がなんのことなのか著者は知らなかった。アメリカを代表する高級デパートだが、そのときはニューヨークに行ったこともないし、当時はウィキペディアもない。ニューヨーク在住6年という知人に聞いたら、大手のスーパーマーケットと言うので、そうかと迷うことなく、その通りに訳注を入れた。すると、ある作家の連載中の小説で、「ブルーミングデールズも最近は左前になったらしいね。スーパーに身売りしたそうだ。ポケミスの『泥棒は選べない』の訳注にそう書いてあった」とネタにされたという。ニューヨーク在住の知人は、三越と西友の違いもよくわからない人だったのである。

 英日と日英は違うというのも面白く、後者が苦手な著者がジョン・ル・カレを怒らせた手紙の話がケッサク。翻訳の裏側をのぞくことができる快著だ。

 (本の雑誌社 1760円)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    中学受験で慶応普通部に進んだ石坂浩二も圧倒された「幼稚舎」組の生意気さ 大学時代に石井ふく子の目にとまる

  2. 2

    横浜とのFA交渉で引っ掛かった森祇晶監督の冷淡 落合博満さんは非通知着信で「探り」を入れてきた

  3. 3

    出家否定も 新木優子「幸福の科学」カミングアウトの波紋

  4. 4

    国宝級イケメンの松村北斗は転校した堀越高校から亜細亜大に進学 仕事と学業の両立をしっかり

  5. 5

    放送100年特集ドラマ「火星の女王」(NHK)はNetflixの向こうを貼るとんでもないSFドラマ

  1. 6

    日本人選手で初めてサングラスとリストバンドを着用した、陰のファッションリーダー

  2. 7

    【京都府立鴨沂高校】という沢田研二の出身校の歩き方

  3. 8

    「核兵器保有すべき」放言の高市首相側近は何者なのか? 官房長官は火消しに躍起も辞任は不可避

  4. 9

    複雑なコードとリズムを世に広めた編曲 松任谷正隆の偉業

  5. 10

    中日からFA宣言した交渉の一部始終 2001年オフは「残留」と「移籍」で揺れる毎日を過ごした