「誰がために医師はいる」松本俊彦著

公開日: 更新日:

 30年以上前「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」というCMがTVで流れ、「薬物依存者=人間をやめた人たち」という刷り込みがなされた。1990年代末ごろからは、全国の中学・高校で「ダメ。ゼッタイ。」と唱える薬物乱用防止教室が開催されるようになった。薬物依存などのアディクション(嗜癖障害)臨床の最前線に身を置く精神科医である著者も、その教室に講師として何度か参加したが、そのたびに暗い気持ちになったという。

 たとえば薬物乱用防止ポスターに描かれているのは「目が落ちくぼみ、頬がこけた、ゾンビのような」薬物乱用者で、無意識に嫌悪感を刷り込んでいる。しかし現実にはゾンビのような薬物乱用者はいない。むしろ、かっこよく、健康的に見える人の方が多い。にもかかわらず、現実からかけ離れた悪のイメージによって偏見や差別意識を助長する。それは結果として薬物依存者を孤立させ、彼らを回復から遠ざけることになるのではないか。そうならば、こう主張しなければならない。「ダメ。ゼッタイ。」の呪文では、絶対ダメだ、と。

 本書の冒頭には、著者の中学時代の思い出がつづられている。仲の良かった友人が不良グループに入りシンナーに手を出して少年院に送られた。中学を卒業してから5年後、その友人は自動車事故で亡くなり、助手席には覚せい剤と思われる薬物の袋があった。そして自分が精神科医になって気づく。友人は中学時代にすでにシンナー依存症という病気にかかっていて、本来なら専門的治療を受けるべきであったのだ、と。つまり、「困った人」は「困っている人」であり、そこで必要なのは、キャンペーンやワイドショーで薬物依存者を悪者に仕立てたり法規制を増やして無用に犯罪者をつくり出すことではない。薬物に耽溺(たんでき)せざるを得ない人への支援である。

 精神科医の闘い方は、外科医のように瞬殺KOを目指すのではなく、相手に打たせて疲弊を誘いながら最終的に判定で勝つことだという著者。本書はその闘いの記録だ。 <狸>

(みすず書房 2860円)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    2度目の離婚に踏み切った吉川ひなの壮絶半生…最初の夫IZAMとは"ままごと婚"と揶揄され「宗教2世」も告白

  2. 2

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  3. 3

    嶋基宏は一時期ノイローゼ状態になっていた...心ここにあらずで、魂が抜けた状態に

  4. 4

    伊藤健太郎とキンプリ永瀬廉で明暗クッキリ…「熱愛報道」出口夏希の足を引っ張りかねない“イメージ格差”

  5. 5

    なぜ「愛子天皇」ではダメなのか? 美智子さまが心情を吐露する出版物を準備中…と政界で話題

  1. 6

    嵐が去る前に思い出す…あの頃の「松本潤」と「大野智」

  2. 7

    視聴率の取れない枠にハマった和久田麻由子アナの不運 与えられているのは「誰でもできる役割」のみ

  3. 8

    不慮の事故で四肢が完全麻痺…BARBEE BOYSのKONTAが日刊ゲンダイに語っていた歌、家族、うつ病との闘病

  4. 9

    居酒屋倒産が過去最多ペース 客離れの背景にある「飲み放題5000円」の壁

  5. 10

    巨人“育成の星”のアクシデントに阿部監督は顔面硬直、原辰徳氏は絶句…桑田真澄氏の懸念が現実に