寝苦しい夜をひんやりさせる怪異本特集

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「山の怪異大事典」朝里樹著

 今年も本格的な暑さが近づいてきた。不快で寝苦しい夜も始まるが、そんな時には不可思議な話や異形のものについて記された怪異本をお供に過ごしてみては。山で出合う恐怖やおぞましい名画、そしてコロナ禍の今こそ読みたい疫病や災いに関する伝承譚(たん)まで、背筋がヒンヤリすること請け合いだ。



 国土の7割以上を山地が占める日本。本書では、日本の山を舞台に語られた怪異を集めている。

 北海道北斗市の毛無山中腹には、大石の沼と呼ばれる沼がある。明治初めごろ、沼から水を引く提案がなされた。住民たちは竜神が住んでいるからと反対したが、用水工事は強行された。ところがあと1日で開通するという日、一帯は恐ろしい豪雨と雷に襲われた。人々は雷神のたたりだとおののき、慌てて工事を中止。以降、工事は行われず貴重な水を分け合って使うようになり、沼は現在でも残っているという。

 福島県田村市にそびえる鎌倉岳では、太平洋戦争中に疎開してきた子供たちが遭難し行方不明となった。以降、付近にある林間学校では子供の霊が出るといわれ、また疎開してきた子供たちは東京・中野区出身であったことから、中野区の利用者にのみ話しかけるという噂もあるとか。

 全国の山にまつわる788の怪異譚だ。

(宝島社 2200円)

「日本災い伝承譚」大島廣志編

 災害列島日本。これは今に始まったことではなく、災いは古代から日本を襲ってきた。その災いを人々は、伝説やことわざなどに託して後世に語り継いできた。そんな災いに関する不思議な伝承をまとめたのが本書だ。

 例えば、地震である。茨城県の鹿島神宮には、四方に垣根を巡らせた中央に、少しだけ頭を出した石がある。大昔、土の下には一匹の大きな魚がいて、日本列島をぐるりと丸く取り巻いて暴れ、地震を起こしていたという。

 そこで、魚の頭と尻尾がちょうど合わさった場所を見つけたのが鹿島明神。石を使って頭と尻尾を貫き、動けないようにくぎ付けにしたことで、地震を鎮めることに成功したのだという。「要石」と呼ばれるこの石は、地中深くにまで埋まっており、その長さは到底測ることができないとされている。

 他にも、津波や噴火、雷、そして疫病の伝承も紹介する本書。日本人と災いとの闘いの歴史も見えてくる。

(アーツアンドクラフツ 1980円)

「病と妖怪」東郷隆著

 新型コロナウイルス感染症が人々の生活を一変させた2020年。突如として現れたのが長髪で体にうろこのある「アマビエ」なる奇妙な妖怪だった。

 SNSによって広まったこの妖怪、原典は弘化3(1846)年4月、「肥後国海中の怪」と題された半紙一枚ほどの瓦版に描かれた図像だ。

 実はアマビエの絵だけではなく、瓦版なので文章も添えられている。「毎夜このような者が海中から姿を現している。そして、自らアマビエと名乗り、当年から6カ年の間、豊作になるが疫病も流行するので、自分の姿を書き写して人々に見せよと言って海に消えてった」といった具合だ。

 確かにこの頃の江戸には疫病がはやり、しかも予言の6年後には黒船来襲とともに、「黒船コロリ」と呼ばれたコレラ騒ぎも起きている。

 アマビエとは何だったのか。本書では他にも、「件」「あま彦」などの妖怪についてもさまざまな資料を基に解説している。

(集英社インターナショナル 880円)

「異形のものたち」中野京子著

 人獣に悪魔に魑魅魍魎など、異形のものを描いた名画を紹介する。

 人間と非人間が合体した異形のものは、人魚に代表されるように顔や上半身は人間という場合が多いが、ギリシャ神話に登場するミノタウロスは牛頭人身。テュロスの王女エウロパは、牡牛に化けたゼウスにさらわれミノス王を身ごもる。やがて、ミノス王の妃パシパエは牡牛に欲情し、密かに交わって生まれたのがミノタウロスだ。ミノス王は不義の子の獣性と醜悪を憎んで監禁し、おとなしくさせるために多くの少年少女をいけにえとして与えた。

 ピカソは晩年、スケッチを含む数十点のミノタウロスを制作している。牛頭人身の怪物が女性にむしゃぶりつくそのさまは、残虐性にまみれ驚くほどポルノチックだ。数多くの愛人がいたピカソが、力の減退した晩年にミノタウロスを描いたのは、自らを奮い立たせるためか。天才の心の闇も恐ろしい。

(NHK出版 1320円)

「実話怪談 幽霊百話」左右田秋満編、志村有弘訳

 明治15年ごろ、肥後の国(熊本県)の写真師が、3人の兵士の撮影をする。しかし現像してみると、なぜか4人目の兵士が写っている。ひげがぼうぼうと生え、襟のあたりに幅3寸ほどの白い布が見えた。実はこの白い布、明治10年の西南戦争の時の、賊軍のしるしであったという。この話は当時の熊本新聞にも記載されたそうだ。本書は、明治時代の幽霊談、それも事実として信じられてきた逸話を、現代語に訳して収録している。

 明治11年ごろ、男ぶりのよい大工の新吉が器量の悪いお定を妊娠させ、嫌々結婚。産後の肥立ちが悪くますます醜くなるお定を、新吉は子供もろとも井戸に沈め殺してしまう。ところが、死んだはずのお定と子が至る所に出没し、大工の棟梁の家にまで現れて「夫はいませんか」と尋ねる始末。やがて新吉は寝込み、妻子が死んだ翌月の同じ日、同じ井戸へ飛び込んで死んだという。これも新聞に記載されていた話だというから恐ろしい。

(河出書房新社 2002円)

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