「大江戸 虫図鑑」西田知己氏

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「大江戸 虫図鑑」西田知己著

「子供の頃、カブトムシやクワガタを採って遊んだ人も多いと思うんですが、今はホームセンターに売っていますよね。さらに、虫よけスプレーや殺虫剤がよく使われ、今は人から虫を遠ざけようとする世の中じゃないですか。じゃあ、私の研究分野である、江戸時代の人と虫の関係はどうだったのか。そんな疑問を抱いたのが、本書を書くきっかけでした」

 著者は江戸文化研究家。江戸時代の人の思想や暮らし、死生観などをこれまでテーマにしてきたが、今回「虫」に入れ込んだ。

 美術表現を読み取る学問「図像学」の手法を使った。江戸時代の文学作品や名所図会、医学関係書などに描かれた虫の絵を国会図書館などから集めて掲載。絵から見える江戸時代の虫の扱われ方や虫に対する人々の意識を100話並べたのが本書だ。

「何より面白かったのは、ニホンザリガニで、びっくりしたことが2つありました。1つは、アメリカザリガニが昭和初年に移入されてから駆逐されたのだと思っていたら、違った。江戸時代にはそもそも蝦夷地と北東北にしかいなかったことです。もう1つは、ザリガニが今でいうサプリになっていたこと。蘭学者・大槻玄沢の本に、カルシウムの塊である胃石を体内に蓄えた、脱皮直前のザリガニの絵が出てきます。ザリガニをじっと観察し、タイミングを狙って採集する人たちがいたんですよね。松前藩がこれを特産品として高値で取引。“虫ビジネス”が成立していたんですよ」

 ザリガニの採集者は相当な虫マニアで、販売側は実に商魂たくましかったとうかがえるが、同様の虫ビジネスはほかにもあった。おそらく刺されるのを覚悟して採ったスズメバチの巣は、粉末にしたり、黒焼き(原形をとどめたまま蒸し焼き)にしたりして漢方薬とされた。噛まれる危険を顧みずに採取したカマキリは頭をすり潰して糊と混ぜ合わせ、塗り薬になっていた。ガマの油や葛など動植物の利用はよく知られるところだが、虫も薬にしていたとは驚きだ。

「市中での虫の販売は、今以上に行われていたようです。町の虫売りから買い求めたスズムシを立派な虫籠に入れ、お屋敷の一角で女性たちが優雅に観賞している絵も、路上でのホタル売りが活写されている絵もありました。それは、夜に初老の男が、ホタルが光を放つ大籠を路上に置いていて、子どもがのぞき込んでいる。一緒に来た母親が子どもを見守る様子がありありと描かれていました。『ホタルを持ち帰るためには、これも要るだろ』とばかり、虫籠も売られていました。抜かりない抱き合わせ商法ですね(笑)」

 ホタルは観光資源にもなっていた。ホタルが生息する水辺に人々を乗せた船がこぎ寄せられている絵は、あたかもナイトクルージングのはしりか。今につながることが、虫がらみで江戸時代に始まっていたのだ。

 一方で、今はなくなってしまった遊びに「虫聴き」があった。道灌山(現在の東京都荒川区西日暮里4丁目あたり)の高台に陣取った男3人が酒を飲み交わしながら満月を眺めるシーンに、「特にマツムシが絶品」などと説明が添えられた絵も出てくる。

「江戸時代は虫が身近にいて、日々の暮らしに密接だったんですね」

 ほかにも、伊勢物語や太閤記など物語に出てくる虫、当時の蚊の撃退法など、興味深い話が満載。読んでいるうち、自身の虫体験を思い出して楽しくなること請け合いだ。

 左ページに絵、右ページに説明。見開きで1話完結しており、読みやすい。平易な文体で、全ての漢字にふりがながふってあるため、子どもへのプレゼントにも好適だ。

(東京堂出版 2640円)

▽西田知己(にしだ・ともみ) 江戸文化研究家。1962年、鹿児島県生まれ。上智大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。現在は、流通経済大学社会学部非常勤講師。著書に「日本語と道徳」「血の日本思想史」「『新しさ』の日本思想史」など。

【連載】著者インタビュー

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