著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

「ドカベン」(全48巻)水島新司作

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「ドカベン」(全48巻)水島新司作

 私は高校と大学で柔道部に所属したが、中学までは野球部だった。

 この野球部のときにかぶった大波が「ドカベン」ブームである。

 あの作品の何が当時のわれわれ野球部員たちの心をとらえたのかというと、それまでの野球漫画が公園で野球を楽しむ少年やプロ野球をテレビで応援する少年たちみんなに支持されるものだったのに対し、ピンポイントで“野球部員”たちの心を刺すものだったのだ。

 同じような作品にちばあきおの「キャプテン」「プレイボール」がある。しかしちばのこの2作品が明朗で快活な野球好き優等生たちの活躍するものだったのに対し、「ドカベン」は優等生ものではない。

 優等生ものではないこの味がどこから出てくるのかというと、中心に据えられた主人公である山田太郎の造形である。

 山田は主人公として少年漫画の黄金律からあまりに離れすぎていた。名前からして凡庸だし、タイトルにもなっている彼のあだ名ドカベンは「大きな弁当」を毎日持ってくることに由来するが、大食いの肥満選手だ。鈍足で、目が細くて表情が読者に分かりづらく、無口だ。そしてポジションは地味なキャッチャーである。しかしあえて地味な山田を主役に置くことによって、作品は熱く息づいた。脇役たちもみな前に出てきて光を放ったのだ。

 山田の同級生といえばまずはサードの岩鬼正美。高校生とは思えぬ大型選手で、口にはようじ代わりの木の枝をいつもくわえている。実力もあり、パワーは山田太郎をも大きく上回る。

 投手の里中智も山田と同じく野球漫画の王道を外す。速球派ではなく、小柄なアンダースローの優男である。セカンドの殿馬一人は守備でも打撃でも天才的プレーを見せる超人気のキャラだ。山田の代の先輩にも土井垣将、沢田京太、山岡鉄司など、忘れられないキャラが並ぶ。

 こうして脇役たちも前面に出てくることによって、本作品は、主人公が活躍してチームを勝利に導き、物語を引っ張るというそれまでの一本レールのストーリーではなくなった。脇役たちもそれぞれの特質を生かして活躍する姿が、読者の大きな人気を得たのだ。

 そういった意味で、この作品には昨今いわれる多様性がある。あらゆる者たちが輝く理想社会を描いた先進的な作品だったといえる。

(秋田書店 品切れ重版未定<DMMほかレンタルサービスで購読可能>)


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