著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。2012年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。現在、名古屋芸術大学客員教授として文学や漫画理論の講義を担当。

「がきデカ」(全26巻)山上たつひこ作

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「がきデカ」(全26巻)山上たつひこ作

 この「がきデカ」を紹介するかどうか迷った。ハチャメチャすぎて今の若い人たちに理解できるのか疑問だからだ。

 主人公は夏休みに警察学校を卒業して日本初の少年警察官となった小学生。「がきデカ」の《デカ》は刑事のことだ。風貌は小学生とは思えないほど怪異で頭が異様にでかく2頭身、つまり頭の大きさと体の大きさが同サイズ。

 その巨大な頭に警察の制帽をかぶり、意味のわからないギャグを連発する。

「死刑!」「あふりか象が好きっ!」「八丈島のきょん!」「白クマ黒クマ白クマクマ、赤ブタ青ブタ赤ブタブタ」「ニホンカモシカのおしりっ」

 私たち当時の小学生は意味のわからぬそのギャグの数々に抱腹し、学校で真似をした。とくに「死刑!」はそのポーズとともに大人たちにまで流行した。

 エキセントリックなこの前衛漫画は文芸評論家たちにまで絶賛され、それまで「小説が上、漫画は下」とする潮の流れまで一部で変えてみせた。実際、作者の山上たつひこは1980年に「がきデカ」の連載を終えると小説家に転身して純文学に挑みはじめる。現在ではその小説のほか漫画原作者としても活躍し、2014年には文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞するなどしている。

「サブカルの王道たる漫画家が道の真ん中を走っていては漫画家として2流に落ちたのではないか」と若漫画ファンは思うかもしれない。

 しかし違う。「がきデカ」は今も日本漫画界に影響を与え続けている。小学生のときリアルタイムで「がきデカ」を読んでいた私たち世代は、すぐあとに出てきた警察ギャグ漫画に驚いた。作者の名前は《山止たつひこ》。山上たつひこを尊敬しすぎて《上》を《止》に1字変えただけのふざけたペンネームでデビューしてしまった。

 この次世代のギャグ漫画家のホープはすぐに売れ始め、「一発屋ではないのだから真面目なペンネームを」と編集部に請われて名を変えた。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」という長い名前のこの作品、後に単行本200巻となってギネス世界記録の「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」となり、多くの後発漫画に影響を与えた。

 つまり現在人気のあらゆるギャク漫画の源流は「がきデカ」なのだ。いかにあの作品が偉大だったかわかるであろう。

(秋田書店 499円)

【連載】名作マンガ 白熱講義

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