著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。2012年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。現在、名古屋芸術大学客員教授として文学や漫画理論の講義を担当。

「あしたのジョー(全20巻)高森朝雄原作 ちばてつや作画

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「あしたのジョー(全20巻)高森朝雄原作 ちばてつや作画

 連載が始まるとき、すでに週刊少年マガジンでは「巨人の星」が圧倒的人気を得ていた。同一誌で同じ原作者がふたつ作品を持つのを避けて梶原一騎は《高森朝雄》の別ペンネームをたてた。

 このときはまだ、この作品が「巨人の星」を超える社会現象になるとは誰も想像しなかったに違いない。

 総発行部数2500万部と聞くとそこまでの作品力を感じないかもしれない。しかし「巨人の星」などのほかの少年漫画と異なり、この作品は大人たちにまで熱く受け入れられた。梶原一騎の才能は全盛期を迎えていた。社会的インパクトという意味では、名作が雲のごとく生み出された日本漫画史においても並び立つ作品がない。

 題名の《ジョー》は主人公の矢吹丈の名である。では《あしたの》とは何を指すのか。未読の若い人たちに理解できるはずがない。

 物語は、不良少年の丈が元プロボクサーの飲んだくれ丹下段平に見いだされてボクシングをすすめられるシーンから始まる。しかし丈はつまらないことで少年鑑別所に送られてしまう。

 所内でも腐って、いい加減な生活を送っていた丈に丹下段平から一通のはがきが届く。《あしたのために(その1)》と題されたそのはがきには、ボクシングの基本ジャブの打ち方が書いてあった。

《攻撃の突破口をひらくため左パンチをこきざみに打つこと。このさいひじを左わきの下からはなさぬ心がまえで、やや内角をねらい、えぐりこむように打つべし。せいかくなジャブ三発につづく右パンチはその威力を三倍に増すものなり》

 暇を持て余していた丈は、なんとなく試してみたが、そのうち夢中になって練習する。やがて丹下段平から2通目のはがき《あしたのために(その2)》が届く。右ストレートの打ち方だ。丈は夢中になってそれを習得していく。何の取りえもない不良青年が生まれて初めて目標を得たのだ。

 人生を変えるほどの──そんな言葉がある。この漫画はまさにそんな作品だった。

 梶原一騎は不良少年からのし上がって長者番付に名を連ねるナンバーワン漫画原作者となった男である。その体験を原動力として、あらゆる読者の《あしたのために》描かれた応援歌が「あしたのジョー」だった。自身の最高傑作となったのは当然だった。

(講談社 Kindle版 594円~)

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