「花鳥鉄道風月線」武川健太著

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「花鳥鉄道風月線」武川健太著

 昨年、第10回写真出版賞大賞を受賞した気鋭の鉄道写真家によるファースト写真集。

 福島、山形両県にまたがる吾妻連峰のシンボル吾妻小富士のふもとを走る山形新幹線(福島~米沢)。背後の山肌には雪解けで「種まきうさぎ」が出現している。このウサギの形が現れると、一帯の農家の人たちが種まきを始めることからそう呼ばれているという。

 ほかにも、ロケに出ようとした矢先に車が動かなくなったからこそ撮影することができた大きな二重の虹のふもとを走る仙石線(陸前富山~陸前大塚)や、東京での撮影を終えて車で宮城に戻る途中に力尽きて泊まった茨城県で早朝撮影した天地を逆さまにしても違和感がないほどくっきりと水鏡に映る鹿島臨海鉄道(常澄~大洗)、さらに山陽新幹線の徳山駅で停車中の車両と時速200キロのスピードで通過する2本の新幹線が離合する瞬間をとらえた奇跡の一枚など。

 出身地である東北の鉄道をはじめ、全国各地、そして時には海外まで足を運び撮影した鉄道風景写真を収める。

 同じ時間、同じ鉄路を走る鉄道だが、その周囲の風景は刻々と変化、さらに乗っている人たちのドラマも人それぞれ、そんな一期一会の出会いを一枚の写真に閉じ込めた作品が並ぶ。しかし、なぜか冒頭を飾るのは、都内のどこかの駅で撮影された普通の通勤車両がピンボケで写っている作品だ。

 実はこの一枚の写真が、著者の鉄道写真人生の始まりだったという。

 ひきこもりで、人生の底にあった中学2年のとき、カメラを手に入れた著者は、幼い頃から大好きだった鉄道を撮るように。14歳で初めてひとりで行った東京で撮りまくった写真の一枚が、冒頭の写真だ。

 その写真を見たフリースクールの先生の「けんた、すごいね!!!」という一言ですべてが動き出したという。

 幼い頃から何度も電車を見に通った釜石線の遠野駅や、今は亡き母と行った日本最北端の駅・宗谷本線稚内駅、そして地元の東北新幹線古川駅(あの14歳のひとり旅の出発点でもある原点の駅)でのウエディングフォト……など、自らの人生に関わる鉄道写真も収録。

 旧山陽道の江戸時代から景勝地として知られるスポットから撮影したコバルトブルーの海岸線を走行する山陽本線(富海~防府)や、雪原を一歩一歩踏みしめて描かれた地上絵とそのすぐそばを走る弘南鉄道弘南線の夜の競演(田んぼアート~田舎館)などの絶景写真とともに、時刻表のページを切り取って作られた駅員さんの思いが詰まったてるてる坊主(山陽本線新山口駅)や、線路を平均台のように歩いて遊ぶミャンマーで出会った少女(ヤンゴンマンダレー線)など、鉄道がらみの心温まる写真もある。

「鉄道写真を撮るという人生を作品としてあらゆる手段で表現していく」ことを目指し日々生きる著者の心の優しさ、温かさまで伝わってくる作品集だ。

(みらいパブリッシング1870円)

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