「情熱」桜木紫乃著
「情熱」桜木紫乃著
報道カメラマンの牧村は早期退職と離婚とで東京を引き払い、2年前に故郷・北海道に戻ってきた。
ある日、広告撮影の現場でスタイリストの二葉と再会。高校3年の3月に別れて以来、40年ぶりだった。予備校仲間であり、文通相手でもあった二葉と気持ちが通じ合っていると信じていた牧村は、東京へ出る前に二葉の母親に交際許可を切り出した。だが二葉は──。
二葉に40年前のことをわびられたときは、昔と同じ恥ずかしさに包まれたが、一緒に仕事をするようになると不思議とコンビという立ち位置からは1ミリも動かなかった。二葉の事務所の壁には「ジャッカロープ」が飾られていた。かつて二葉を励ましたように「兎に角──やってみろ」と牧村にほほ笑む。
男女の機微を丁寧に紡ぐ著者の最新刊は、大人の「情熱」と「分別」のあわいを描く6編の短編集だ。
登場人物は老人ホストの男性、妻と死別した男性に惹かれる司法関係の女性など中高年で、器用に生きる術を持っている。その器用さで自分の気持ちに蓋をしているが、ふと気がついたとき、彼らは戸惑うのだ。十分な言い訳を自分に用意して、一歩踏み出そうとする彼らの姿がじんわり胸に迫る大人の恋愛小説。 (集英社 1815円)