〈走れメロス〉の友情物語に普遍性を付与 「教科書の名作で哲学する」小川仁志著/教育出版(選者:佐藤優)
「走れメロス」友情物語にも普遍性
「教科書の名作で哲学する」小川仁志著
小川仁志氏(青山学院大教授)による小中学校の教科書に掲載されている小説で哲学的訓練をするというユニークな試みだ。このような方法で児童の頃から哲学的思考に慣れることには教育的に大きな意義がある。
太宰治「走れメロス」は通常、友情物語と解釈される。小川氏はより掘り下げて考察し、友情物語に普遍性を付与する。
<メロスが讃えられたのは、人々の心を救ったからでもあるのです。人々の命ではありません。むしろ人々は、メロスを讃えることで、身を危険にさらすことになったかもしれないのですから。それでも人々がメロスを支持したのはなぜか? それは人間性を取り戻せたからではないでしょうか。彼らが流した歔欷の涙は、その感謝の印だったのだと思います。/疑うというのは辛いことでもあるのです。本当は誰もが信じたいはずなのです。にもかかわらず、それができなくなってしまった。あたかもそれは、縄で縛られ、自由を奪われてしまった状態と同じです>
町の人々はメロスとセリヌンティウスが強い信頼で結ばれていることに感化を受けたのだ。だから王の忌避に触れることも恐れずに2人を褒め称えた。
<信頼という言葉の先には、必ず誰かがいます。たとえそれが人間以外の存在であったとしても、そこには信頼してもらえる相手が必要なのです。そうした信頼の網の目の上で、私たちは生きているのです。したがって、信頼の糸が途切れ、そこに穴が空いてしまったら、もう転落するよりほかありません>
人間の社会は複雑だ。信頼とは複雑性の削減メカニズムなのである。小川氏の本に触れた小学生が、大学生になってニクラス・ルーマンの「信頼」に触れたとき「小川先生が言っていたことを大学レベルの哲学的用語で表現するならば、こういうことになるのか」と納得すると思う。
学校でも会社でも役所でも、ほんとうに信頼できる同僚を持つことができれば、毎日を楽しく過ごすことができる。他方、相互不信が高い組織で働いたり学んだりしていると、かたくなになる。信頼こそが、人生を円滑に送る鍵になる。 ★★★
(2026年5月1日脱稿)



















