松尾潔
著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

佐野元春は「言葉と音楽の理想的な関係」を探求する先頭に立ち続けている

公開日: 更新日:

 昨年、初めて国産車を買った。初めての新車でもある。五木寛之さんの影響で大学時代に中古のスウェーデン車サーブを格安で買って以来、もっぱら欧州の中古車ばかり乗り継いできた。車にとくべつ詳しいわけではない。見てくれ最優先を貫いた結果に過ぎない。スピードへの執着心は希薄だし、長距離運転が必須の仕事でもないから、燃費もさほど気にすることがなかった。

 修理日数や費用がシャレにならぬ事態なら何度か経験しているが、それでも手元に戻ってきてお気に入りのフォルムを見るたびに、これでいいのだと愛着は増した。外見至上主義と訳されるルッキズムは最も忌むべき思想のひとつだが、対象がクルマなら誰に迷惑や不快感を与えるものでもなかろう。一度も就職したことのない、成り行きまかせのぼくの人生。それを最も象徴するのが車選びだった。

 国産車に乗ることのメリットを重々承知のうえで、それでも遠ざけてきた理由ははっきりしている。新モデルが出て「カッコいいじゃないか」と思っても、事情通による「それ、〇〇(欧州車メーカー)のマネだから」という指摘がすぐに出てくる。必ず出てくる。それを聞いた途端に気持ちは萎えてしまうのだった。

「和製○○」に価値を見出して有難がる視点を、ぼくはずっと持ち合わせていなかった。そんなときの「和製」は「模造」に、もっと言うなら「劣化版」にさえ感じられた。

 もっとも、ぼくの「和製ぎらい」は車を買うようになるずっと前から。それはまず音楽、服、そして小説や映画にも向けられた。なかでも顕著だったのは音楽。大瀧詠一、山下達郎、鈴木雅之、そして佐野元春。十代で出会ったこの4人のロックスターがぼくの蒙を啓き、「洋楽的妙味」を教えてくれたことは疑いようもない。

 だがいったん洋楽に目覚めてしまえば、それを教えてくれた彼らとはあっという間に距離ができてしまった。「和製」より「元ネタ」を聴くほうが楽しいという、単純かつ残酷な理由で。つまり彼らに惹かれたのと同じ理由で、ぼくの心は離れていったのである。

 自分の興味がブラックミュージックに集中していくにつれて、その傾向がつよい山下と鈴木をまたよく聴くようになり、のちに仕事を重ねるまでになった。大瀧とは20年ほど前にぼくがプロデュースするケミストリーが「恋するカレン」をカバーしたのがきっかけで対談し、人間的興味が湧いて熱心なファンに戻った。

 じつは先の4人の中で、ぼくの文学的興味や社会的関心に最もストレートな影響を与えたのは佐野元春だった。例えばいまジャック・ケルアックを好み、サンフランシスコのシティライツ書店を訪ねたり、それが縁で松浦弥太郎さんと交流を深めるようになったりしたのも、元はといえば佐野がラジオで語るビート・ジェネレーション論を聴いたのがはじまり。

 作品が出るたびに耳を通してきたし、自分が音楽プロデュースを始め、とくに詞を作るようになってからは、彼の才能の凄まじさを幾度も痛感してきた。だが音楽性の違いゆえに、生身の佐野元春は遠いままだった。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新の芸能記事

  • 芸能のアクセスランキング

  1. 1
    元シブがき隊・本木雅弘はなぜ潰されなかった? 奥山和由氏が明かしたメリー氏の「圧力」

    元シブがき隊・本木雅弘はなぜ潰されなかった? 奥山和由氏が明かしたメリー氏の「圧力」

  2. 2
    ジャニー氏の庇護を受けてきた東山紀之の“裏の顔” 超人気女優との"同棲"も事務所パワーで握り潰す

    ジャニー氏の庇護を受けてきた東山紀之の“裏の顔” 超人気女優との"同棲"も事務所パワーで握り潰す

  3. 3
    ジャニー喜多川氏の性加害を暴いた“禁断の書”の中身…超人気アイドルが「ジャニーさんが、ジャニーさんが…」

    ジャニー喜多川氏の性加害を暴いた“禁断の書”の中身…超人気アイドルが「ジャニーさんが、ジャニーさんが…」

  4. 4
    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  5. 5
    ザ・タイガースの“ピー”こと瞳みのるさん 35歳下の中国人女性と結婚、4歳児のイクメンパパはバンド活動で大忙し

    ザ・タイガースの“ピー”こと瞳みのるさん 35歳下の中国人女性と結婚、4歳児のイクメンパパはバンド活動で大忙し

  1. 6
    元キスマイ、元V6メンバーが相次いで告発…現役グループの“性加害被害”にジャニオタ悲鳴

    元キスマイ、元V6メンバーが相次いで告発…現役グループの“性加害被害”にジャニオタ悲鳴

  2. 7
    大野智が描いたのか? インスタ投稿の“ダークな抽象画”に「香取慎吾のと一緒!」の声が噴出

    大野智が描いたのか? インスタ投稿の“ダークな抽象画”に「香取慎吾のと一緒!」の声が噴出

  3. 8
    マッチがジャニーズ性加害問題“暴露”予告…“薄っぺらい退所”批判の東山紀之に特大ブーメランか

    マッチがジャニーズ性加害問題“暴露”予告…“薄っぺらい退所”批判の東山紀之に特大ブーメランか

  4. 9
    どうなる“ジャニーズの妻たち”の命運…木村佳乃は「ソーセージを食べる演出は絶対できない」

    どうなる“ジャニーズの妻たち”の命運…木村佳乃は「ソーセージを食べる演出は絶対できない」

  5. 10
    元SMAPの評価真っ二つ…北山宏光にスーツ贈った中居正広、インスタ大炎上キムタクの“決定差”

    元SMAPの評価真っ二つ…北山宏光にスーツ贈った中居正広、インスタ大炎上キムタクの“決定差”

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    元キスマイ、元V6メンバーが相次いで告発…現役グループの“性加害被害”にジャニオタ悲鳴

    元キスマイ、元V6メンバーが相次いで告発…現役グループの“性加害被害”にジャニオタ悲鳴

  2. 2
    ジャニー氏の庇護を受けてきた東山紀之の“裏の顔” 超人気女優との"同棲"も事務所パワーで握り潰す

    ジャニー氏の庇護を受けてきた東山紀之の“裏の顔” 超人気女優との"同棲"も事務所パワーで握り潰す

  3. 3
    元シブがき隊・本木雅弘はなぜ潰されなかった? 奥山和由氏が明かしたメリー氏の「圧力」

    元シブがき隊・本木雅弘はなぜ潰されなかった? 奥山和由氏が明かしたメリー氏の「圧力」

  4. 4
    吉本興業前会長・大﨑洋氏が開催危ぶまれる大阪万博について激白…プロジェクトチーム“自腹運営”の苦境

    吉本興業前会長・大﨑洋氏が開催危ぶまれる大阪万博について激白…プロジェクトチーム“自腹運営”の苦境

  5. 5
    東山紀之新社長の二面性、TVマンが見た“ウラ”の顔は「番組降板時にCPを睨みつけ、無言で楽屋に…」

    東山紀之新社長の二面性、TVマンが見た“ウラ”の顔は「番組降板時にCPを睨みつけ、無言で楽屋に…」

  1. 6
    U18台湾エース孫易磊を日本ハム獲得! メジャー、巨人、ソフトBとの争奪戦を制したワケ

    U18台湾エース孫易磊を日本ハム獲得! メジャー、巨人、ソフトBとの争奪戦を制したワケ

  2. 7
    マッチがジャニーズ性加害問題“暴露”予告…“薄っぺらい退所”批判の東山紀之に特大ブーメランか

    マッチがジャニーズ性加害問題“暴露”予告…“薄っぺらい退所”批判の東山紀之に特大ブーメランか

  3. 8
    勝みなみ、西村優菜、渋野日向子…帰国中の女子海外組「シード当落線上」プロの胸中

    勝みなみ、西村優菜、渋野日向子…帰国中の女子海外組「シード当落線上」プロの胸中

  4. 9
    大野智が描いたのか? インスタ投稿の“ダークな抽象画”に「香取慎吾のと一緒!」の声が噴出

    大野智が描いたのか? インスタ投稿の“ダークな抽象画”に「香取慎吾のと一緒!」の声が噴出

  5. 10
    ジャニー喜多川氏の性加害を暴いた“禁断の書”の中身…超人気アイドルが「ジャニーさんが、ジャニーさんが…」

    ジャニー喜多川氏の性加害を暴いた“禁断の書”の中身…超人気アイドルが「ジャニーさんが、ジャニーさんが…」