ハロウィーンは以前より落ち着いたが…音楽、演劇、お笑い パルコからラ・ママまで渋谷は“カルチャーの街”だった
先週末はハロウィーンだった。一時期は、渋谷のセンター街やスクランブル交差点周辺で、仮装した若者や外国人が乱痴気騒ぎする迷惑行為が問題となっていたが、ここ1、2年は、行政や警察が厳戒態勢を敷いていることもあり、かつてほど大きな混乱はないようだ。
しかしそもそも、渋谷といえば、昔から若者向けカルチャーの発信地だった。その中心となったのが、セゾングループ創業者の堤清二氏が“情報を売ること”をコンセプトに1973年に開業した「渋谷パルコ」だ。“ファンクの帝王”ジェームス・ブラウンら強烈な個性を持つ著名人を起用し、新進気鋭のクリエーターたちが手掛ける広告は、感度の高い若者から支持された。
開業とともにオープンした「西武劇場」(現・PARCO劇場)は、演劇を中心に話題作を生んだ。また、1974年~1985年に発行された「ビックリハウス」(PARCO出版)には、タモリ、ビートたけし、YMOら時代を牽引する著名人が次々に登場。読者からの投稿を誌面構成の柱にしたスタイルも、独特の熱気を生んだ。
9月に放送された「タビフクヤマ」(フジテレビ系)は、歌手・俳優として活動する福山雅治の起点となった街・渋谷を深掘りする内容だったが、1990年に歌手デビューを果たした福山も、そんな渋谷に魅了され長崎から上京したひとりだ。約350人キャパの「shibuya eggman」といったライブハウスに出演する一方、俳優としては渋谷ビデオスタジオで撮影されたドラマ「ひとつ屋根の下」(フジテレビ系。1993年)の大ヒットによって全国的な知名度を獲得した。


















