(9)松井監督の“敵を作らない”生き方 NYでも発揮された人心掌握術は監督業にプラス
2003年2月、巨人の松井秀喜監督(52)がヤンキースに移籍して1年目のキャンプだった。
米フロリダ州タンパにある「レジェンズフィールド」のサブグラウンドでウオーミングアップがスタートする前後のことだ。
「おいおい、あんなことして大丈夫か?」
ベテランの放送関係者が、けげんそうな表情を浮かべた。
左翼手の松井が、同じ外野手で右翼を守るモンデシーに「ラウー!」と、言いながら後ろから抱きついたのだ。
ラウル・モンデシーは松井より3つ年上。野茂英雄がドジャースにいた当時の主砲で、前年のシーズン中にブルージェイズからヤンキースに移籍。気性が荒く、フラストレーションがたまると感情を爆発させてバットを自分の膝でたたき折ることも。ドジャースのラソーダ監督が「私の野生馬」と呼んだほどで、風貌もいかつい。そんな相手にふざけて大丈夫かと、放送関係者は危惧したのだが、2人の距離は一気に縮まったという。
同じ年のキャンプ中の2月22日には、キャプテンのジーターから「マイク・タイソンの試合を見ながらパーティーをやるから来いよ」と誘われると、二つ返事でOKして自宅に行った。


















