欧州巡遊の旅に随行した24歳女性の鋭い観察眼│「明治女官のヨーロッパ日記見習い時代の記録と父への手紙」 香川志保子著 梅田優歩現代語訳・解説
「明治女官のヨーロッパ日記見習い時代の記録と父への手紙」香川志保子著 梅田優歩現代語訳・解説
明治政府は幕末に交わされた不平等条約を改正するべく鹿鳴館をはじめとする欧化政策を採ると同時に、欧米との外交も積極的に進めた。鹿鳴館が完成した3年後の1886年、小松宮彰仁親王が天皇の名代として欧州各国の君主や皇族と交誼を結ぶべく妃の頼子を伴って欧州巡遊の旅に出た。旅には、小松宮別当の三宮義胤夫妻の他、陸軍士官らが随行したが、そこに英国留学中の24歳の女性が加わっていた。本書は、その女性、香川志保子が旅先での見聞や出来事をつづった日記と父親に宛てた手紙を現代語に訳し解説を付したもの。
志保子の父、香川敬三は皇后の側近として女子宮廷服洋装化を推し進めるなど近代皇室の確立に尽力した。志保子は、英国婦人家庭教師について習得していた英語をさらに極めるために22歳で単身英国に留学。女性の洋装化を推進していた敬三は、語学のできる娘に当地の女性の服装の報告も兼ねて随員として同行することを強く勧めたのだ。収録されている日記・手紙は、ロンドンで旅の準備をしていた1886年8月12日付の手紙から始まり、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、ロシア、デンマークなどを経て、87年11月21日付の無事神戸へ着いたとの父への電報まで。
父の要請を受け、かの地の皇族女性がどのような服を着ているかといった服装に関する記述が目立つ。また同行の三宮夫人は「あまり好感の持てない方」で、オーストリアのエリザベート皇妃は「無愛想」など歯に衣着せぬ言葉も随所に。ロシアではモスクワの宮殿の豪壮さに感心すると共に「帝王皇族のみがこのような宮殿に住んでいる」ことが近年のテロリズムを生む要因だという鋭い分析をし、帰国途中に寄ったトルコの女性の扱いを見て「女性を軽んじ、男子の玩具のように扱う亜州の弊害ここに極まれり!」と怒りを表明するなど深い知性と鋭い観察眼を示していて、脱帽! <狸>
(創元社 2860円)



















